二つの重なり合った歯車だ。
お互い全く違った形だが、きっちりと噛み合って規則的に動いている。
【星の動き・力の動き・そして人と人との出逢い。
この世の全て総ては巡り廻る。
太陽の沈む位置を決めたのは誰だ?
風の凪ぐ方角を決めたのは誰だ?】
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───わたしは、
生きていた。
一旦途切れたと思った雨音は、
相変わらず鼓膜をぼそぼそと叩き、
白いコートは更にじっとりと濡れて、
重たさと不快感を増している。
───まだ、生きている。
どくどくと脈打つ自分の心臓が、煩い。
……視界が赤かったのは、
自分の血が散ったわけでも、
最期に見た幻覚でもなく。
投げ捨てられた、赤い傘が視界に映ったからだった。
*
「…………大丈夫………?」
そう問うたのは、一人の少女。
「……鉄球を腕から出すなんて………何者なの?
でも、まぁ。
良かった、無事で───」
───私の上半身を抱える少女のその後ろに、先程打ち上げた【鉄】が、地面を穿っているのが見えた。
この少女が、
【鉄】がわたしを押し潰す間際、
赤い傘を投げ捨て、
わたしを抱えて、
そして、助けたのだ。
…その事をようやく理解して、わたしの中に、ひとつの感情が沸き上がってきた。
それは、
感謝ではなく
安堵ではなく。
「……何故………」
「ん?」
憤怒ではなく、
ただ悲哀を少し帯びた、
「……わたしを……
……助けて……
………………
助けて……しまったんだ………!」
───それは、恐怖≠ニ、悔恨=B
さっきのような、安らかな気持ちで逝けたのなら、どれ程良かっただろう?
でも、もう。
「……怖い……」
身体がみっともない程震えるんだ。
死の淵から引き戻されて。
「……死ぬのを、怖いと……思ってしまう……」
………『生きたい』。
そう、望んでしまった。
生きていく価値なんてないはずなのに、死にそこなってしまった。
また毎日、何の意味もない呼吸を繰り返し、
大地に独りで立たなければならない。
……それが、耐えられなかった。
「……いっそ…………
…………殺してくれ。」
自分で死ぬことは出来そうになくて。
───わたしの懇願に、顔立ちに幼さを残す少女は口を開く。
「やだよ。」
即答だった。
「………私は誰も殺さないし、死なせない。
そう、決めてるの。
だから、アンタを助けた。
……それにアンタみたいな、
『誰が死んでも、自分が死んでも関係ない』みたいな目をしてる奴には、心底腹が立つ。
───どうせ、自分はひとりぼっちだとか、
誰からも必要とされてない存在だとか、
そんな風に考えてるタイプでしょうが。
当たり前じゃない?
人は、一人で生まれて来るし、
自分自身は、世界に一人なんだから。
それにどんなに頑張っても、『他人』と『自分』は同じになれない。
違う個体だから。
───でも、
それは、別に寂しい事じゃないよ。
誰かに嫌われても、好かれても。
結局自分は、
自分自身にしかなれないんだから。
だから、一人でも。
悲しまなくて、いいんだよ。」
───そう言って、少女は笑う。
何も守るものがないその身体に、雨は容赦なく降り注ぐ。
濡れそぼった髪が、その肌に張り付いていて、
その姿は儚く、でも、とても綺麗だと思った。
「大丈夫。
もしあなたの傍に誰もいなくても、
私が、傍にいるから───
……さあ、まずは傷の手当てから始めなきゃ。」
その言葉に、わたしは驚いた。
「傍に…?」
「いるよ。
あなたが望むなら。
……私だって、実は一人だからね。
独りで生きるのはカッコイイけど、それじゃ寂しいし。
別に誰かに縋って生きるのも悪くないでしょう。」
微笑む少女に、わたしは安心感を覚えていた。
───と。
唐突に、怪我による気だるさと眠気が襲ってくる。
「……ん?
……ちょっと、どうしたの?
しっかりして……!」
───大丈夫だ。
わたしは多分、死なない。
幼いころからずっと探していた答を、今、与えて貰ったような気がするから。
少し、君の腕の中で休んだら、
またこの大地に二本足で立とう。
わたしたちは、
出逢うべくして、出逢ったのかもしれない───
†
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