パロディ

□『もう、恋なんてしない』
1ページ/1ページ


小学生の時、大きくなったらお嫁さんにして欲しいと言ったら、頭をそっと撫でられて「うん」と優しく微笑まれた。
子供心に、本気にされていないかもしれないと思ってはいたけれど、拒絶の言葉は無かったから、もう少し大きくなったらまた約束を取り付けようと思って中学にあがって告白した。
今度はいきなり結婚だのとは言わずに好きだと告げた。
彼は読んでいた本から視線をあげてカガリを見ると「ありがとう」と優しく瞳を細めて髪を撫でてくれた。
まだ自分が子供だから仕方がないと言い聞かせて、じゃあ三年後、高校に入学してからならばと心に決めて、それでもその間にもそれとなく気持ちを告げてはいた。
その度に、髪を撫でられて、優しい笑みでかわされて。

お隣に住む、三歳年上の大好きな人。

たった三歳差なのに、どうしてだろう。こんなにも壁は厚かった。

「アスラン、好き」

課題を見てもらう口実に、アスランの部屋に上げて貰った。
勉強を教えて欲しいと言えば、時間が許す限りはいつだってアスランは快く頷いてくれていた。
アスランは昔から優しかった。両親が不在がちのカガリとキラをなにかと気にかけてくれていて、優しく接してくれていた。小さい頃からずっと好きだった。
けれどアスランは妹のようにしか見てくれない。それが焦れったくて、寂しくて、必死に大人に近付こうと努力して、高校一年の夏休みに再び告げた。

「うん、俺もカガリが好きだよ」

違う。自分が告げているのは「そう言う好き」ではないのに。

伝わらない。いつもアスランには伝わらない。
否、もしかすると伝わってはいるのかもしれない。
ただ、恋愛対象の枠と見られていないだけで。
優しく髪を撫でられながら、カガリはそっと唇を噛み締めた。
まだ足りないのだろうか。もう少し大人にならなければ本気にはされないのだろうか。でも、それは、いつだろう。そんな日は来るのだろうか。

「……カガリ?」

俯いた自分に、アスランは心配そうに覗き込んできた。
穏やかな翡翠の瞳を困惑に染めて、具合でも悪いのかと酷く優しく問いかける。
そんなアスランに、カガリは小さく首を振って顔をあげた。

「勉強、疲れただけだ」

言って、にっこり笑って見せれば、アスランは安心したように「そっか」と綺麗に笑った。

「じゃあ、少し休憩にしようか?紅茶、入れるよ。チョコレートケーキと苺のムース、どっちが良い?」

「苺っ」

「分かった。今持ってくるから、ここで待ってて」

「うん、了解」

優しい笑みを残して、部屋から出ていくアスランの背を見送って、カガリは泣きそうになるのをなんとか耐えた。
何度も何度も告げたのに。答えすら貰えない。あるいは今、そうでは無いのだと、そんな軽いものではなく、本気で言っているのだと泣いて訴えれば、待ち望んだ返答が得られるのだろうか。
それとも、本気にされない時点で、返答を得られない時点で、それがアスランのカガリに対する答えなのだろうか。

「……アスランの、ばか」

せめて、はっきりと一言、無理だと言ってくれれば……
そこまで考えて、カガリは自嘲気味に笑った。
そんな言葉、言われたら言われたで傷つくくせに。だから、今まで追求出来ずにいたくせに。
それでも、時折思う。いっそ、叶わないのならば、一思いにそう言ってくれればと。
そうしなければ、自分はいつまでも繰り返してしまう。そして繰り返す度、蓄積する痛みと、発散出来ずに燻る想いがカガリをいつまでも苛むばかりで。

もうカガリだって本当は分かっているのだ。

こんなにもあっさりかわされ続ければ、嫌でも分かる。
アスランには、届かない。自分はきっと、恋愛対象外なのだ。間違ってもアスランがそう言う目でカガリを見ることはない。
それならば。いっそ。


報われない想いに終止符を。



8月の終わり。夏休みの最後の日に、カガリはアスランの元へと足を運んだ。
いつも口実にしていた勉強道具も持たずに、少しでも意識して貰えるようにカガリなりに服装まで気遣って、髪を整えて、そしてもう一つだけ、事前に準備をして。

「どうしたんだカガリ?何か、分からない問題でもあった?」

優しく出迎えてくれる翡翠の双眸に、カガリはにっこり笑って首を横に振った。

「夏休み最後だから、アスランとゆっくり出来ないかなって」

駄目か?と首を傾げると、アスランは柔らかに微笑んでカガリを招き入れた。
アスランは昔から優しい。まるで本当の兄であるかのように、いつだって、優しい。

「そう言えば、大学のレポートは終わったのか?」

「全部終わったよ。カガリは夏休みの課題終わったのか?」

「ぎりぎりで昨日終わった。キラはまだ闘ってるけど」

「毎年恒例だしな」

他愛ない会話を暫く続けて、カガリはグラスに注がれた冷たいアイスティーを口にした。
喉を潤して、時計を見る。14時55分。デジタルで表示された数字を視界に捉えて、カガリは息を吐き出した。

「アスラン」

ことりと、小さなガラステーブルの上にグラスを置いて、カガリは真っ直ぐに視線を向けた。
大丈夫、覚悟は出来ている。今回ばかりは、アスランに逃げ道を与える気もなかったし、カガリとていつもと同じようにするつもりもなかった。

「アスラン、ちゃんと聞いて貰いたいことがあるんだ」

「……カガリ?」

不思議そうに首を傾げるアスランに、カガリは真剣な面持ちで一心に見つめた。
綺麗な翡翠の瞳が、気遣うようにカガリを捉え、覗き込むように傍に寄る。
多分、真っ向からこの瞳を見れるのも、今日で最後だ。
いつもとは異質な雰囲気に、アスランの瞳が僅かに困惑を帯びた。
分かってる、アスランはきっと、望んでいない。それでも。

「アスラン、好きだ」

「カガリ、どうしたんだ?」

「アスランが好きなんだ。もうずっと前から」

「俺も、カガリの事が……」

「違うっ!私はそう言う意味で言ってるんじゃっ……」

「カガリ……」

戸惑い揺れる翡翠に、カガリは少しだけ安心した。
少なくとも、次にも優しい微笑でかわされることはないだろう。
その代わりに、失ってしまうものがあったとしても、現状のままでいるよりはずっと良い。
カガリはそっとフローリングに添えた手を支えにして、アスランの顔に自らのそれを寄せた。
彼はカガリの行動に驚いたように美しい翡翠をただ瞠目させる。
けれど、それだけだった。

「どうして……」

唇が触れ合う寸前で、カガリはゆっくり身を引いた。
触れる前にアスランから拒絶されるならば、それでも良かった。馬鹿なことをと、唇が触れ合う前に突き離されるならば、それでも良かった。

──違う。

その方が、良かったのだ。
それが、答えの代わりになったから。

「こう言う時は、ちゃんと突き放してやるのも優しさだぞ?」

「………カガリ?」

「なんてな。アスランはいつも、優しいよ」

小さく笑って、カガリは時計に視線を向けた。
時刻は15時00分。
同時に、カガリの携帯電話が沈黙を拒むように着信を告げた。

「キラからだ。ごめん、ちょっと出るな」

なんて白々しいのだろう。
キラからの着信があることは知っていたくせに。

『あ、カガリ?頼まれてた通り15時ジャストに電話したけどこれで良いの?』

「うん、ありがとう。すごく助かった」

『よく分かんないけど、これくらいならお安いご用だよ。その代わりと言ってはなんだけど、宿題手伝ってくれたら嬉しいな〜。なーんて!』

「うん、良いぞ?帰ったらお礼に手伝ってやるな」

『えっ!本当?それすっごい助かる!いつ帰るの?』

「……もう、すぐ着くよ」

『じゃあ、飲み物でも用意して待ってるね!』

うん、と最後に頷いて、カガリは静かに通話を切った。
気持ちを落ち着かせるように、ゆっくり息を吐いてアスランの顔を見れば、戸惑いに満ちた綺麗な瞳がカガリを注意深く見つめていた。
その瞳に、カガリはにっこりと笑ってみせる。

「キラが呼んでるから、今日はこれで帰るな」

「あ、ああ……じゃあ、玄関まで送るよ」

「うん、ありがとう」

大丈夫、やり残したことは、きっとない。
毎回律儀に玄関まで送るアスランに、カガリは出来る限り、精一杯の笑みを向けることにつとめた。

「じゃあな、アスラン」

「カガリ、あの……」

「ん?」

「いや……また、おいで」

少しだけ困ったように視線を巡らせて、ぎこちなく言葉を紡ぐアスランにカガリはふわりと笑った。
その笑みに、安堵したように微笑むアスランは、きっとカガリが頷かなかった事になど、気づいてはいないのだろう。
優しくて、優しくて、少しだけ残酷な三つ年上のお兄さん。
カガリに向けてくれる想いは、いつだってぶれることなく、妹のようなそれだった。
多分、それを覆すことなんて、この先もずっと出来ないのだ。
それならばと、求めた終止符さえも結局与えられないまま。
けれど、それは拒絶に足る十分な答えだった。

だから、もう良い。

これからは、アスランが望む妹の立ち位置でいてあげよう。

「ありがとう」

「………カガリ?」

「ばいばい、アスラン」

「─────」

何か言いかけたアスランに、カガリは笑みだけ残して扉を閉じた。
肌を刺すような陽射しが眩しすぎて、視界が霞む。
自宅までは一分もかからない。滅多に着ないワンピースの裾が風に靡いて虚しく揺れるのをカガリはつかの間見つめて、ぎゅっと瞼を下ろした。

予想通りの、結末だ。
だから、あらかじめ、キラに電話を頼んでいた。

これで、終わり。

こんなにも、呆気なく。

なにも、実らないまま。

なにも、届かないまま。

「もし……」

アスランと年齢が変わらなかったなら、そんな詮無い事を呟きそうになって、カガリは首を振って思考を遮断した。

「もう、終わったことだ」

そう、ようやく。



報われない想いに終止符を。

報われなかった想いに───弔いを。



end

 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ