パロディ

□『追いかけてtaxi love』
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今日から俺も社会人。未知なる世界にどきどきと鳴り止まぬ高鳴る胸を押さえつけ、勢い込んで爽やかに足を踏み入れた。
ここはフラガタクシー会社。結構有名で名が通っているらしい。
ここで研修3ヶ月を終えれば晴れて正社員だ。そして本日が初日であり俺の新たな第一歩。
まずは第一印象が大切だよな。しかし誠に致命的なことに俺の第一印象が好印象だった試しは無い。
何でだろうな、黒髪ってーと普通は印象良さそうじゃん?
いっつも何故か要注意枠に組み込まれんだよな。あいつら見る目ないんじゃねーの。まじ心外。
まぁ、過ぎ去った過去はどうでも良い。ぶっちゃけ人付き合いはあんま上手くないけどまぁなんとかなるだろう。俺、優秀だし?
「失礼しまーす!今日からここでお世話になるシン・アスカです。宜しくお願いします!」
おし、やれば出来るじゃん。これなら悪印象ってことはまずないだろう。
……ん?あれ?俺、ノックしたっけ?
やっべ、忘れてた。いきなり開けるとかまじごめんなさい。
「あー、すんません。今からノックしても間に合わないッスよね。次からは気を付けますんで」
謝っときゃどうにかなんだろ。俺は愛想よく笑みを振り撒いて中を舐めるように眺め回した。
……て、二人しかいねぇ。
なんか誰一人として俺を見てないんだけど。なにこれ、そんなにノックしなかったのが悪かったのか?初っぱなから失業の危機デスカ?どうしよう、ステラになんて言い訳しよう。下手したらまた無言で包丁投げられるかも……この間はさすがに死を覚悟したからな。ステラの右腕の残像が弾けると共に壁に追い詰められた俺の左頬を光の速さで刃物がシュタンッ、てキレの良い音が耳元を掠めたかと思いきや、もう一発。
再度ステラの右腕がキラリと煌めいて絶妙なタイミングで右頬もやられた。
つつ、と両頬から止めどなく流れる血を肌に感じながらあん時はもう本気で駄目かと思った。
家に包丁が二本しかなかったから良かったものの、もう一本あったらやばかったかもしれない。
てか、なんでそもそもあんなことになったんだっけ?なんか帰ったらいきなりフリフリのエプロン付けた可愛らしいステラに「殺す……」とか言われて。おったまげて壁にへばりついたら「プリン……ステラの……」とか言われてシュターン!シュターン!だもんな。超、神業。
そういやあのプリン旨かったな。どこで買ってきたんだろ。今度ステラに聞いて俺も買ってこよう、ステラ、プリン好物だし。俺ってホント良い彼氏だよな。刃物投げられても彼女の為に尽くす精神とかまじ健気。
ああ、そんなことよりも、この原状を一体どうしたら良いんだろう。てかさ、なんでこんなに閑散としてんの?俺、来る時間……いやいっそ日にちを間違えたかな。だとしてもこの空気扱いっぷりはなんなんだよ、まじ涙目なんだけど。俺の硝子のハートにヒビが入ったりでもしたらどうしてくれんだよ。こう見えてピュアだっつーの。
だがこんな状況でも、俺はここで逃げ出すわけにはいかない。だって逃げ出したらステラにヤられるからなー。絶対、ハートにヒビどころかシュターン!て貫通する、冗談抜きで。
「あ、あの!今日からここで働くことになったシン・アスカです!フラガ社長って今どちらにいらっしゃいますか!」
「…………」
「…………」
なんなの、こいつら。まじ泣けてくるんだけど。
もうこうなったら一人に的を絞るしかない。
俺はどちらに話しかけるべきかを戸口から見定めることにした。
まずはあいつだ。
なんかずっと音楽聞いてて見向きもしない、薄い緑色のパーマがかったあいつ。
ひょろっとしてるし、めちゃ弱そう。あれなら俺だって強気でいけんだろ。
そう的確に思考を纏めた超優秀な俺は、堂々と足を進めた。
ここでひ弱な印象を与えてしまったら舐められる。
良いか、所詮この世は弱肉強食なんだ。
なんかの某、侍漫画で包帯ぐるぐるの火炎人間が言ってたからな。あいつまじカッケェよな、なんか悪役の中の悪役って感じでさ。俺は綺麗事ばかりの赤毛の主役よりも、ああいう痺れるような悪役の方が好きだ。
俺も十本刀に入りてー!
あ、でもあいつも良いよな。あの師匠。まじカッケェ、ホント痺れる。俺も飛天御剣流九頭龍閃とかやってみたいわ。まぁ人間業じゃないけど。
……あれ、俺、今から何するんだっけ?
最近、よく記憶が飛ぶっつーか、若年性アルツハイマーとかだったらどうしよう。
俺、まだ二十歳になったばっかなんだけど。
ちょっぴり不吉な考えが頭をよぎった俺は一瞬己の将来を案じた、そんな思考を遮るように、ジャカジャカとイヤホンから漏れ出た煩わしい音楽が耳に入ってきて俺は我に返る。
そうだ、まずはあろうことか机上に足を乗せながら、偉そうに椅子にふんぞり返って自分の世界に入り込んでるこいつから攻めなくては。
それが俺の最初の試練!ステラっ、俺の勇姿を見ててくれ!
「初めまして!」
「…………」
「俺、シン・アスカって言います!」
「…………」
はい、聞いてねぇー。
つか聞いてねぇって言うより聞こえてないんじゃね?なんか物凄い音量だし。もしかすると俺、別に無視されてた訳でもないんじゃ?
なーんだ。なら目を合わせるべきだな。そしたらこいつも気付くと見た!流石じゃん俺、やっぱ天才!
そして俺はめちゃめちゃ良い笑顔でそいつの顔を覗き込んだ。
「こ・ん・に・ち・わ!」
「…………」
「こ・ん・に・ち・わ!」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………糞が」
「ぁあン?」
「───!?」
一瞬、俺の呼吸が停止した。
こいつっ……ひょろっとしてる割にはスゲー眼力の持ち主だ。
しかも片目でこの威力。てか聞こえてンじゃねーか、くそ、そのウザったい前髪ぱっつんに切ってやろーか。片目だけ隠してお洒落のつもりかよマジありえねぇダサいっつーの!
温厚な俺も怒り心頭、ムカついたんでそいつのイヤホン引っ付かんで力任せに抜き取ってやった。
すかさずギロリと睨み付けてくるそいつに俺は鼻で笑ってやる。
さっきはいきなりだったからビビったけどな、言っとくが、覚醒したステラの方が凍てつく吹雪のように殺気だった睨みをきかせてくんだよ、お前なんか足元にも及ばないっつーの。
なんて得意気に睨んでたらそいつは胸ポケットから予備のイヤホンを取り出しやがった。
呆気に取られる俺にそいつが鼻で笑い返して、陰気な声で一言呟いた。
「うざぁい」
「…………」
もうね、こいつはアレだね。俺のブラックリストに入ったね。二度とこいつに近付くものかと心に決めたね。
てかこいつが社会人だとか世の中可笑しい。まじ可笑しい。
俺は握り込んだイヤホンを足元に叩き付けて、それからターゲットを変えることにした。


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