パロディ

□『フラガ先生の保育士奮闘記』
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突然ですがこんにちは。
俺はここオーブ幼稚園の先生を生業としているムウ・ラ・フラガ(28)だ。
去年まではモルゲンレーテ社で普通にリーマンをしていたが、訳あって今年から保育士に転職することになった。ちなみに担当するのはひよこ組である。
目に入れても痛くないくらいに可愛い子供たちだが、これが中々の個性溢れる問題児揃いで苦労が絶えない。
好奇心旺盛の子供の悪戯など数を重ねてなんぼのものだ。
だが断言しよう。ひよこ組の子供たちは並みのレベルじゃない。
中でも一番の問題児がこの子、カガリ・ヒビキだ。
性格は明るく活発で天真爛漫な女の子だ。口調や行動力がやや男らしく、探求心溢れる悪戯好きではあるものの、それだけならばまぁ他の子とそう変わらない。とは言っても、ひよこ組は全員こぞって個性派揃いだ。「そう変わらないレベル」の園児が大集合しているのだから全くもって恐ろしい。
だがこのお嬢ちゃんはそれに加えて大変な致命的な問題を抱えているのだ。
そう。なにが大問題って、そんなのは言うまでもない。なぜそうなったのかはいまだに謎のままだが、とんでもないことにこの子は俺の事をオッサンと呼ぶ。
……オッサンだぞ?
こんなイケメンの若いお兄さんを捕まえてオッサン呼ばわりだ。
一体どこでそんな不必要な言葉を覚えてきたんだ!実に嘆かわしい…!!

「ノイマン先生おはよーございます!あっ、オッサンだー!おはよーございます!」

ほら来た!愛くるしい顔をキラキラ輝かせて元気一杯に走ってくるのは天使に見せかけた小悪魔だ。
だいたいなんで俺とそう変わらない年齢であるチューリップ組のノイマン先生のことはちゃんと先生呼びなのに、俺だけオッサンなのだろうか。
俺だって先生がいいし!もしくはお兄さんでも良い!頼むっ、後生だからオッサンはやめて!!先生泣いちゃうぞ!

「こらお嬢ちゃん、いつも言ってるけどオッサンじゃなくて先生だろう?」

内心は滂沱の涙を流しながらも、きょとんと瞳を瞬かせるお嬢ちゃんに言い含める俺。
ああ、一体これは何回目のやり取りだろうか。
そんでこの後にくるお嬢ちゃんの返しも決まってこうだ。

「うん!分かったぞ先生!」

返事も聞き分けも、いつだってすこぶる良いのだ。
ただ、暫くするとなぜかオッサン呼びに舞い戻ってしまう。

「頼むなお嬢ちゃん、そのままでいてくれよ?」

「うん!任せとけ!あっ、きらー!遅いぞー!」

にっこり笑って駆け出すお嬢ちゃんはいつも元気一杯だ。
見ていて気持ちが良いし、可愛らしくも微笑ましい。
惜しむらくはただ一つ。オッサンだけだ!!
そうだ!こんないたいけなお嬢ちゃんに、オッサンなんて言葉は不必要であるに決まっている!
ぐっと拳を握りしめ、俺は少し距離が離れた場所で仲良くお喋りを始めたお嬢ちゃんに、決意を固めて一人密かに誓いを立てた。
俺は、必ず成してみせよう。
お嬢ちゃんの辞書から、見事オッサンの文字を消してみせると誓ってやる!

「もうっ、酷いよカガリ!どうして先に行っちゃうの!」

「キラが遅いから悪いんだぞ」

「だって良いもの見つけたんだっ。ね、ね、カガリ!フラガせんせーは?」

「オッサ……じゃなかった!先生ならあっちだ!」

セ、セーフ!セーフだ!!
今ちょっとオッサンって言いかけたけどお嬢ちゃん偉い!ちゃんと持ち直してくれた!!
なんて心の中で拍手喝采していたらこれまた俺の担当すべくひよこ組のキラ・ヒビキがわくわくした瞳でお嬢ちゃんと一緒に俺の元へと駆けてきた。
名字で分かる通り、このおちびちゃん達は双子ちゃんだ。

「フラガせんせーおはよーございます!」

「おう、おはよう。今日も仲良しだな」

「うん!あのね、先生に良いものあげる!」

天使の笑顔で園服のポケットをあさる坊主を見守っていると、目的のものを掴んだのか小さな握りこぶしをハイ!と出してきた。
お嬢ちゃんも気になるのか興味津々に見つめている。
おーおー、二人揃って目をきらきらさせちゃって。可愛いったらないな。

「先生にか?ありがとな」

手を差し出すと小さくて丸い、ころころしたものが手のひらの上に沢山転がった。
感触からしてびーびーだんだろう。よくその辺に落ちてるもんな。こんなに沢山、俺の為に拾ってくれたなんて、坊主も中々に泣けることをしてくれる。
俺は手の中のびーびーだんを落とさないようにそっと拳を作りながら、もう片方の手のひらで坊主の頭を撫でてやった。

「どーいたしまして!たくさんいたからまた捕まえてくるね!」

「おう、楽しみにしてるな!でもな坊主。ちょっと、日本語がおかしいぞ?この場合“いた”じゃなくて“あった”の方が正しいな」

それに捕まえてくる、ではまるで生き物に対する言葉だ。
まだまだ子供だから仕方ないが、こう言うちょっとした間違いから直していかないとな。
俺も中々に保育士が板についてきたようだ。

「あった?」

「ああ、そうだ。びーびーだんは生き物じゃないからな」

「びーびーだん?」

ぱちくりと瞬きを繰り返して小首を傾げる坊主に、俺は優しく頷いてみせる。
その時、手の中でちょっとした違和感を覚えた。
どうにもくすぐったい。そう思ったのと、目の前の坊主が口を開いたのと、それはほぼ同時であったように思える。

「それ、びーびーだんじゃないよ先生」

「………へっ?」

「びーびーだんじゃないよ?」

うじゃうじゃうじゃ。手の中のびーびーだん……否、びーびーだんだと思い込んでいたものが一斉に動き出した。
俺は半ば意味を理解出来ないまま、そっと拳を広げてみると、耳に届くのはお嬢ちゃんの歓声。

「わあ!すっごいな!だんご虫がたくさん!!」

「………だんご、虫?」

まじで?今、もしかしなくてもだんご虫っつった?

「うん!だんご虫だよ?」

決定打を決めるような坊主の誇らしげな声に、俺はゆっくりと手のひらの中身を視野に入れた。
うじゃうじゃうじゃ。
うじゃうじゃうじゃうじゃ。

…………まじっすか。

「…………」

固まった俺に、トドメを刺すような一言。

「良かったなオッサン!!」

にっこり。そんな天使のような無邪気な笑みを残して、双子ちゃんは仲良く手を繋いでノイマン先生の元へと向かった。
放心状態の俺が我に返って絶叫をあげるのと、第二の被害者であるノイマン先生が悲鳴をあげるのと、それはほぼ同時だった。



おしまい
2013.8.15

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