パロディ

□『スマイル0円』
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「あ、カガリ」

「なんだルナ。お前もしかして泣かしたのか?」

「ち、違うわよ!デスティニーが欲しいみたいなんだけど、さっき品切れちゃって」

「あー。そう言うことか」

納得したように頷いた店員が、カウンターから身を乗り出すようにして泣きじゃくるシンを覗き見る。
恐らくどちらの店員も自分とそう変わらない年齢辺りか。
二つの視線に晒されて、アスランは肩身が狭い思いで再度頭を下げた。

「迷惑掛けてすみません。すぐ出ていくので……」

途方に暮れたアスランが謝れば、あとから顔を出したその店員がからりと笑ってカウンターから出てくる。
え、と思う間もなくアスランの脇を通り抜け、彼女はいまだわんわんと泣き叫ぶシンの前に屈み込んだ。

「こら。お兄ちゃん困ってるぞ〜」

「ううっ…ひっく、だ、だって…あす、あす兄があああ!」

「よしよし、ほら。あんまり泣いてたら、せっかくの男前が台無しだ」

「う、うう〜っ」

「男の子だろ、それくらいで泣いてちゃ恥ずかしいぞ」

「だ、だんじょっ…さべつ、だ!う…っくっ」

「わ。お前、ちっちゃいのに難しい言葉知ってるんだな。すっごく頭良いじゃないか」

「……ちっちゃくない!」

「じゃあほら。早く泣き止まないと。いつまでも泣いてたら、ちっちゃいって言われても仕方ないと思わないか?」

「うぅ〜」

ぐずるシンの涙を彼女は躊躇いもなく指で拭って、下から覗き込むように首を傾ける。
泣き顔を間近で見られて流石に恥ずかしくなったのか、顔を逸らして俯くシンに、彼女は悪戯っ子のように口角をにんまりと持ち上げた。

「あと五秒で泣き止まなきゃ、またちっちゃい言うからな」

「ちっちゃい言うな!しょたいめんの人間に対してしつれーだろっ」

「お前ほんと頭良いな。口は悪いけど」

「なんだよ、そっちだって悪いじゃんか!」

「まぁそうだなっ。んじゃ、お揃いだ!」

失礼極まりないシンの失言に慌てて口を挟もうとしたアスランを手で制して、にぱりと彼女が満面の笑みを浮かべる。
思わぬ返しに呆気に取られるアスランとシンに、明るい金色の髪をさらりと傾けて、楽しそうな顔で彼女がシンに訊ねた。

「お前、ガンダムで何が一番好きなんだ?」

「えっ」

「やっぱり、デスティニーが一番好きか?」

「あ、当たり前だろっ。だってアレが一番かっけーもん」

「そっかそっか。ここだけの話私はな、ルージュとアカツキが一番好きなんだ!」

「ええ!やだよあんなの!だっせーじゃん!」

「あ、聞き捨てならん。なんでだよ。かっこいいじゃんか。アカツキなんてキンピカだぞ」

「それがダサいって言ってんだよ。シュミわりーの!」

「なんだとこら。言っとくけどな、アカツキはビーム弾くんだからな!ビームだぞビーム、凄くないか?」

「そんなん知ってるし」

「へぇ、物知りなんだな。じゃあフリーダムとジャスティスは知ってるか?」

「知ってるに決まってる!バカにすんなよなっ」

「そっか!あの二機もデスティニーと同じくらいかっこいいよな。強いし高性能だし。お前はどう思う?」

「そりゃ、アレも強いしかっこいいけど……」

「あ。やっぱりそう思うか?なんだ、ちゃんと分かってるじゃないか!じゃあ、ちょっと待ってろよ」

そう言って、彼女はカウンターに戻っていく。
内容はよく分からなかったけれど、すっかり泣き止んでしまったシンを見て、アスランは素直に感心してしまう。
自分では到底、泣き止ませる事は出来なかっただろう。
涙の跡をほんのり残してはいるものの、今はもう泣く気配のないシンに安堵を覚えつつ見守っていると、カウンターから出てきた彼女がもう一度シンの前に腰を屈めた。

「じゃじゃーん!これなーんだ!」

「フリーダムとジャスティスじゃん!かっけー!」

「な、かっこいいよな!ちゃんとこの二機はビームサーベルも持ってるんだぞ。しかも取り外し可能!」

「ホントだすっげー!」

「今ならこの二つ、特別にセットであげちゃうぞ〜!」

「えっ。ほんとかよ!?」

「女に二言は無し。デスティニーは無いけど、この二つの組み合わせだったら最強だろ?絶対皆に羨ましがられること間違いなしだ、保証する!」

「…うー。な、なら、仕方ないからですてにーは諦めてそっちにしてやる…っ」

「よし。あ、大サービスでアカツキも付けようか?」

「それはいらねー」

「なんだよもう!人が折角サービスしようとしてんのに。良いけどさ。じゃ、ほら。ちゃんと大事にしろよ?」

「わっ。するする!大事にする!ありがとな!」

「ん。あと、あんまりお兄ちゃん困らせんなよ?じゃないとまた、ちっ……」
「ちっちゃい言うな!」

「あは!察しがいいな。じゃ、お姉ちゃんは仕事に戻るから、良い子にしてるんだぞ!」

「ん!せーぜーミスしないようにがんばれよ!」

「たく、生意気言うなっ」

つん、と。笑いながらシンの額をつついた彼女は、ぱっと立ち上がるとそのままカウンターに向かって歩いていく。
アスランはその背をとっさに呼び止めた。

「あ、待って!」

「ん?」

「あ、その。えっと、ありがとう、ございます。でも、良いんですか?二つも貰ってしまって……」

「ああ、大丈夫大丈夫。満足して貰えたならこっちとしても嬉しいしな!」

ぱっと、眩い笑顔を真っ直ぐに向けられて、アスランは思わず口ごもった。
可愛い。なんて柄にもなくそんな事を思ってしまって、熱が回ったように顔がほてる。
何も言葉を返せないでいる自分に彼女は特に気にする風でもなくカウンターに戻ると、首をちょこんと傾げてきた。

「えーと。オーダーはもう決まってるんだよな。あとは会計と…あ、店内で食べてくか?」

「え、あ。じゃあ、あの、良ければ、その……」

店内で。と言おうとしたアスランに、元気一杯な小憎たらしい小悪魔の声。

「あす兄もちかえり!おもちかえりにして早く帰ろーぜ!オレ、早く公園にもどってじまんしなきゃだし!」

「…………すみません、お持ち帰りでお願いします」

「りょーかいっと!」

テキパキと持ち帰り用の紙袋に詰めていく彼女を尻目に、なぜだか惜しい気がしてがっくりと内心で項垂れた。
元々、持ち帰りの予定ではあったのだから、気落ちする必要なんてないはずなのに。
なんとなく。もう少しこの場に居たい、なんてどうしてだか思ってしまって。
よく分からない感情に、アスランは困惑を覚えながら視線をさ迷わせ、ふと足元に視線を落とすと。なんとも満足気に玩具を両手に抱えているシンの姿。
確認するまでもなく、先ほど自分が勧めたものと寸分違わず同じものだった。
アスランが言い含めようとした時には、あんなにも嫌だと言い張ったくせにこの変わり様はなんだと言うのか。
若干の理不尽さを覚えるものの、うずうずしながら小さな体を小刻みに揺らす弟を見ていたらどうにも絆されてしまい、何も言えなくなる。

「良かったな、シン」

結局、苦言を飲み込み小ぶりの頭をぽんと撫でやり。
アスランは仕方ないとばかりに笑った。
………のは刹那の時間で。

「なんだよ。そんな物欲しそうなカオしたって絶対あげないからなっ」

まるで死守するかのように後ろを向かれて、一体自分は弟にとってどのような位置付けで把握されているのかをアスランは真剣に悩んだ。
流石に嫌われてはないと思うけれど、もしかするとランク付けをしたならかなりの下位にいそうな気がしてならない。

「よっし。お待たせ!」

そんなことをぐるぐると一人考え込んでいたアスランは、不意に弾むような明るい声が正面から軽やかに放たれて、はっと顔を上げた。
そしてこの時完全に気を抜いていたアスランは、待ち構えていた極上の笑みになんの対策すら持たないまま、まともに大打撃を食らってしまう事となる。

「はいっ。じゃ、またな!」

にぱっ。
そんな効果音が聞こえてくるような、輝く満面の笑顔。
あまりに屈託ない、その威力抜群の人懐っこい日溜まりスマイルに、アスランの脳内は瞬く間に停止した。

その後の記憶はあやふやで、気付けば帰路に着いていて、ぼんやりしている内に気付けば翌日になっていた。
朝方シンによって蹴り起こされ、その元気な姿を目に、どうやらちゃんと弟を忘れずに連れ帰って来たのだなと人知れず安堵したアスランは。
今現在スプーンを片手に美味しそうにシリアルを頬張っているシンを眺めやり。
ややあって。ぽつりと呟くように口を開いた。

脳裏には、輝く笑顔。


「……シン。今日、ハンバーガー食べたくないか?」






おしまい

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