本編沿い

□『可愛いひと』
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「なぁ、私ってそんなに男みたいに見えるか?」

何の脈絡も無しに、すぐには理解しかねる問いをさらりと彼女から投げ掛けられたアスランは一瞬、思考が停止した。

「何を突然……」

意図が分からずに、アスランは半ば戸惑いがちにふわりと宙に身を投げ出していた彼女を見上げた。
そうしてかち合ったのはやけに難しい顔をした彼女の瞳で。
その表情に、単なる思い付きや好奇心からでは無いことが伺えて、更にアスランは困惑する。

「良いから答えろよ、どうなんだ?」
「……どうって言われても、そんな風に思ったことがないからな……」
「嘘つけ。お前、最初は私のこと男だと思ってたくせに今更何言ってるんだよ」

そう言われてしまうと身も蓋も無いのだが、いかんせんあの時は非常事態だったのだから致し方ないとも思う。
銃を所持し、それも出会い頭にいきなり銃弾をぶっぱなされれば通常、女だとは思わないだろう。
いくらコーディネーターで視力が高いと言っても、銃口を向ける相手の容姿まではそうそう見るものでもない。

「キラも最初私を男だと思ってたらしいぞ……と言うか、それ以前だってずっとそんなのばっかだったし」

ぶつくさと唇を尖らせる彼女に、アスランは聞き捨てがならないと内心眉を潜めた。
多少、物腰や口調などが粗っぽいとは言え、どこからどう見ても彼女は女の子だ。
確かに最初は男だと思い込んでしまっていたが、あんな出会い方さえしなければ彼女を男だとは思わなかったと思う。
キラや他の人間と一緒にまとめられるのは辛辣だった。

「俺からすれば、カガリはどこからどう見ても女の子だよ」

思わずむすっとしたように断言すれば、彼女は少し驚いたようにきょとんと琥珀を瞬かせた。
腕を伸ばして、投げ出された彼女の細腕を掴んで引き寄せる。
完全に気を抜いていた彼女は小さく悲鳴を上げて、ふわりとアスランの膝の上に簡単に収まった。

「そうじゃなかったら、こんなことしない。もっとも、カガリにだけだけど」
「おまっ……」
「で、なんだって急にそんなことを?」

頬をさっと染め上げ、口をぱくぱくとさせる彼女を内心で可愛いなどと、そんな事を思いながらアスランは彼女の瞳を覗き込む。
問われた彼女は頬を染めつつ、けれどもどことなく落ち込んだ様子で中々口を開かない。
言うか言うまいか悩んだ末にバツが悪そうに呟かれた声は溜め息混じりに沈んでいた。

「また男だと間違えられた……」
「誰に?」

追求すれば、カガリはぷっくりと頬を膨らませて下を向く。

「デュエルのパイロット……イザークってやつ」
「ああ、あいつか」

納得したように頷いた。
鈍いイザークならば、無理もないのかもしれないと思う。
あの男は、アスランが知る中で誰よりも頭が堅いのだ。
いつだったかディアッカが、こいつの頭の堅さと生真面目さは超スペシャル級の天然記念物ものだと、からかっていたのを思い出す。
要するに、堅物な上に融通が効かない。
ルージュのパイロットと言う見識のみで、男だと決め付けてかかった可能性も十分にあるだろう。
カガリ生来の物腰の勇ましさも手伝って、柔軟性の効かないイザークはのっけからそうと思い込んだままに、まったく疑いもしなかったに違いない。

「イザークの言ったことなら気にする必要なんかない」

と言うよりは、気にして欲しくないと言うのが本音だ。
たとえそう言った感情がなくとも、想いを寄せている人が自分ではない他の男のことで思い悩む姿など、正直言って面白くない。

「そう言うけどな、さすがの私だってこう立て続けに男だと間違えられれば気にもするさ」
「言っとくけど、俺の場合は不可抗力だぞ?」
「……でも間違ったのは事実じゃないか」

じとりと睨まれて、アスランは困ったようにカガリを見つめた。
すでに膝の上の彼女は気落ちしたように下を向いてしまい、その表情はうかがえない。
思いの外、彼女のダメージは大きいようだった。

「カガリ」

光を寄せ集めたかのようにきらきらと輝く髪に触れながら、アスランは彼女の名を呼んでみる。
ぴくりと、膝の上の愛しい温もりは反応するものの、依然、下を向いたままだ。

「カガリ、こっちを向いてくれないか?」

そのまま手の平を伝わせ、カガリの頬にそっと添える。
弱ったように懇願を声音に乗せれば、優しい彼女は渋々ながらも顔を上げてくれることをアスランは知っていた。
そうしてやはり、思った通りにカガリは視線を向けてくれて。
けれどその顔は、愛らしくも可哀想な程に落ち込んでいて、小さな唇はへの字に型どられている。
思わず、アスランは破顔した。
本当にもう、どうして彼女はこんなにもアスランのツボをくすぐるのだろうか。
あまりの可愛さに、慰めるのも忘れて思うままに堪能してしまいたくなってしまう。

「おい、なに笑ってるんだよ」

なにを勘違いしたのか、カガリが途端に眉を潜めた。
むっつりとしかめっ面に早変わりする彼女に、またもや緩む頬が抑えられずにアスランは笑う。

「いや、すまない。カガリが可愛くて、つい」
「か、かわっ…!?」

素直に答えれば、一瞬にして頬を真っ赤に染めあげ、口をぱくぱくさせている。
落ち込んだり怒ったり、かと思えば真っ赤になったり。
忙しない彼女に、どうしても笑みが込み上げてくる。

「男に間違われるような女のどこが可愛いって言うんだよ」
「可愛いよ、全部」
「だ、だからっ……」

そんなわけないだろうっ、そう言って目元まで朱を走らせた彼女は羞恥のためか狼狽えたように眉を下げている。
その様子と言ったら。
頼むから、やめてくれとアスランは思った。
こんな顔で見上げられたら自分とてひとたまりもない。
理性など有って無いようなものだ、すでに崩壊の兆しを見せている。
わたわたと恥ずかしげに視線をさまよわせ、逸らされたかと思えば涙目で睨まれて、更には無意識なのだろうが柔らかい小さな手がぎゅっとアスランの袖を掴んでくる始末なのだ。
煽っているのではないかと、有り得ないと分かっていながらも疑いたくなった。
むしろそうであるならば、どんなに有り難いことか。
アスランはなけなしの理性を総動員させ、ゆっくりと息を吐き出すように精神を統一させた。


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