本編沿い

□『可愛いひと』
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別に、気にすることでもないと頭では分かっている。
二人は血の繋がった姉弟だ。どんなに仲が良くても、そこにあるのは親愛で、決して恋愛感情なんかではない。
けれど、もやもやする。と言うのがアスランの本音だった。
かの双子が過剰なスキンシップをもって、じゃれあう光景は今までも目にした事はある。…あるのだが。
アスランは視界に飛び込んできた光景に眉を潜めた。
カガリがエターナルに来ている、と。数分前に艦内で擦れ違ったラクスに微笑まれ、アスランはそれを聞くや否や、逸る気持ちを隠しもせずに足を速めてカガリの姿を探していたと言うのに。
展望室にて。ようやく見付けたカガリは、しかし一人ではなかった。
屈託ない笑みを惜しみ無く溢れさせながら、カガリはベンチに座ったキラの背にくっつくようにもたれ掛かっていて、キラはと言えば、満更でもなさそうに、こちらも至極嬉しそうな笑みを浮かばせながらカガリの体を支えていた。
いくらなんでも、引っ付きすぎだとアスランは思った。
ずっと一緒に過ごしてきた双子ならばまだしも、二人はつい最近、血の繋がりがあることを発覚したのだ。
それまでの認識上はまるっきり他人同士だったわけで、異性として意識を持っていてもなんらおかしくはなく、だいたいにして、双子と言う事実を知る以前から、二人はやけに互いを気にかけ、他とは異なる雰囲気で接していたから。
アスランは実のところ、大変気を揉んでいた。
はっきり言えば、面白くないし、不満である。
「あ、アスラン!」
そんな人の気も知らないで、カガリはアスランと目が合うなり満面の笑顔を輝かせた。
ぱっとキラから身を離し、勢い良くアスランに飛び付いてきたカガリは、無防備な仕草でちょこんと小首を傾げる。
「処理に駆り出されてるってキラに聞いてたけど、終わったのか?」
カガリはアスランの袖を掴みながら、ふわりと微小重力に体を浮かせる。
その細く柔らかな腕に手を添えると、アスランは漂う体を自分の元へと引き寄せて、ぱちくりと瞬く瞳に視線を合わせた。
「ああ、ひとまず」
「そっか」
頷けば、カガリは花が咲き綻ぶように無邪気に笑う。
……可愛い。
もやもやとしていた気持ちが思わず緩和され、つられるように笑みそうになったが、向こう側に見えるキラの意味ありげな微笑を型どっている姿が目に入り、アスランは慌てて表情を引き締めた。
「キラ、お前。全部俺に押し付けてなにやってるんだ」
そんなことは今に始まった事ではないし、嫌々やっている訳でもないアスランは、いつもであれば一つや二つキラに押し付けられたところで、ここまでの不満は覚えないのだが。
今回は、勝手が違った。
自分が作業をしている間、カガリとずっと共にいたのだろうかと思うと、どうにもやはり面白くない。
自然、声も低くなり、不機嫌さを露にしつつもキラへと非難の言葉を投げつけた。
「んー。丁度カガリと会ったら、つい話し込んじゃって。艦が違うから、中々カガリとは会えないし……」
「お前な……」
それはキラに限ったことではなく、カガリと中々会えないのは、アスランとて同じだ。
済まなさそうにしながらもけろりと言ってのけるキラに、アスランはますます仏頂面になった。
「なんだアスラン。ずいぶんと機嫌が悪いな、もしかして腹でも減ってるのか?」
「………」
きょとんと不思議そうに見上げてくる琥珀に、どうしてそうなるんだとアスランは内心で項垂れた。
「あはは。鈍いなあ、カガリは。そんなの考えるまでもなく決まってるのに。アスランはね、僕がカガリと一緒に──」
「キラ!」
慌てて遮って、すかさずキラを睨み付ける。
重なった視線の先に、にんまりと可笑しそうに笑うキラを見て、アスランは顔が熱くなるのを感じた。
なんだってそんな的確に己の不満の出所を悟られているのだろう。口に出した覚えもなければ、常に的外れな事ばかりを口にするキラにそこまでの勘の良さがあるとも、ましてや人の心情心理を敏感に汲み取れるような繊細な思考を持っているとは思えないのに。
「カガリ、こっち」
「へ?」
全てを気付かれていると分かれば居たたまれなくなり、アスランは紅くなった頬を隠すようにして、視線を合わせずにカガリの腕をくいと引いた。
「ちょ、どこにっ…」
「いいから、来い」
「わ、もう!お前な!」
何がなんだか分からないと言った風にあたふたし出すカガリを構わず引き連れ、展望室を後にする。
「キラごめん!またな!」
「うん、まぁ仕方ないか。行ってらっしゃい」
背後でそんな会話が飛び交うのを耳にしながら、アスランは肩越しにちらりと仲睦まじい双子を見て、それから視線を前に戻すと急くように先を急いだ。
「食堂に行くのか?」
今だなおカガリはアスランの空腹が原因とでも思っているのか、そんなことを訊いてくる。
アスランは小さく溜め息を吐いて、カガリを振り向いた。
「行かないよ。それとも、カガリはなにか食べたい?」
それならば、行かない訳にもいかないけれど。
「私はこっちに来る前にちゃんと食べてきたぞ」
「なら良かった」
ほっとして、アスランは腕を引きながら通路を進む。
そうして見えて来たのは、アスランにあてがわれたエターナルでの個室で。
ロック解除ボタンを手早く打ち込み、アスランはカガリを先に中へと誘導した。
なんの警戒もせずにカガリは部屋の中へと入り、後に続いたアスランは部屋の扉が閉まると同時にカガリを引き寄せ腕の中に閉じ込めた。
「アスラ…!」
驚くカガリを構わず抱き締めて、アスランはほう、と吐息を吐いた。
温かくて柔らかくて、そしてなによりも落ち着く。髪から香る優しい匂いも、心地好い体温も、全てがアスランを満たしていく。カガリが来ると知っていたなら、もっと早くに切り上げていたのに。
「あ、あのっ…」
「カガリ、クサナギにはすぐに戻るのか?」
「えっ?いや、キサカを待たなきゃだから、あっちにはまだ戻らないけど……」
「じゃあ、それまでここに」
「そ、それは別に構わないけど!それより、あのさっ…これじゃあ、身動きが…!」
あたふたと焦るカガリをよそに、アスランは柔かに、それでいてぎゅっと腕に力を込めた。
「カガリは、ここ」
「いや、ここって…!」
途方に暮れたような声。
びくりと身体を跳ねさせて、戸惑うばかりのカガリに、アスランは少しだけ不満になる。
「……嫌?」
キラには自分からじゃれつくくせに、とカガリの肩口に顔を埋めながらぼそりと呟けば、上擦った声が耳元で上がった。
「ええ!だってキラは…!」
姉弟だから。そんなことはアスランだって分かっている。
今まで互いの存在を知ることもなく離れて育ったからこそ、大切な片割れと触れ合えなかった分を取り戻そうとするかのように傍にいることも。
分かっているけれど、キラばっかり狡い、と思うのを止められない。そんな嫉妬、カガリには知られるわけにはいかないと思ってはいたけれど。
「……アスラン?お前、どうかしたのか?」
無言のままぐるぐると思考を巡らせながら、じっと味わうように抱き締めていたアスランにふと怪訝に思ったのか、カガリが案ずるように訊ねてきた。
忙しなく身動ぎしていた小さな体もぴたりと大人しくなり、ややあってそろりと躊躇いがちに上がった腕がアスランの背中に回されるのを感じて、不意打ちに与えられたその柔かな温もりに思わず鼓動が跳ねた。
驚き、身を離してカガリの顔に目をやれば、気遣わしげな琥珀でじっとアスランを貫く。
「何かあったのか?」
真剣な瞳。先程まではわたわたしていたくせに、腕の中にいるカガリは今では完全にアスランを思いやる方向に意識が傾いているのか、照れや恥ずかしさなどは念頭から投げ出されているようだ。
そんなカガリに、アスランはふっと表情を和らげる。
どうかしたもなにも、ただの嫉妬心なのだ。そうとも知らずに、至極真面目な顔でアスランを見つめるカガリに幼稚染みた心が絆されると同時、真剣な彼女に悪いとは思いつつも笑いがこみ上げてくる。
参ったなと、そんな降参の意味を込めてアスランはカガリを見つめ返して、やんわりと笑みを浮かばせた。
「カガリ、眉間に皺が寄ってるぞ」
茶化すように口角を上げれば、一瞬きょとんと瞳を瞬かせて呆けてみせたカガリは、徐々に内容を理解していったのだろう、次第に険しい顔付きになっていき、次には頬をさっと紅くさせるとアスランを勢いよく睨み付けてきた。
おずおずと背中に回されていた腕も途端に外され、憤ったカガリがアスランの胸を離れろと言わんばかりに手のひらで意固地に押してくる。
「お前な!人が本気で心配してるのに!」
「うん、わかってるよ」
その手を捕まえながら、アスランは素直に微笑んだ。
ありがとう、と続けざまに頬を緩ませ笑みを向ければ、カガリはたちまち気概を削がれたように唇を引き結び、むっつりと眉をしかめてそっぽを向いた。
「馬鹿。」
すっかり機嫌を損ねてしまったカガリだけれど、むくれる姿も胸を擽られる程に可愛らしいものだから、どうにも笑みがおさまらない。
とは言え、あまり怒らせ過ぎれば、勢い余って部屋を出ていかれかねないから、そろそろこの辺で機嫌を直して貰わねばと、アスランは少しだけ思案を巡らせるように眺めやり、カガリの手を引き奥へと進んだ。
「わ…っ」
そのままベッドの上へとカガリを座らせアスラン自身も横に腰を下ろすと、ベッド脇の引き出しから包みに入った飴菓子を一つ取り出す。
凡そ自分には縁遠いような代物ではあるが、近頃、何を思ってか、或いは単に面白がっているのか、OS調整の片手間に整備の手助けやら処理やらをするアスランに、お礼だと言って整備士の者から投げて寄越されるのがこう言った小さな菓子の類いだった。
無下にするのもいかがなものかと思い大人しく受け取ってはいたものの、手を付ける事もない為にたまっていくばかりだったのだが。
「アスラン?」
訝しむように見上げてくるカガリに、アスランは悪戯な笑みを浮かばせた。
「カガリ、口開けて」
「は?」
唐突とも言える要求に、カガリは瞬きを繰り返す。
ぱたぱたと長い睫毛を忙しなく動かすあどけない動作に、アスランは覗き込むような形でカガリを見つめて催促した。
「口、開けて?」
再度、同じ言葉を重ねて言って、ぽかんと口を小さく開けて不可思議そうに見つめるカガリの柔らかそうな唇に指先を伸ばし、包みから取り出したばかりの飴を一粒。カガリの口内に押し込んだ。
「……!!?」
驚きも露に身を硬直させるカガリに、アスランはほくそ笑んでふわりとした唇から指先を離すと、次いで輝く金糸を撫でるように指を潜らせた。
「美味しい?」
訊ねれば、カガリは真っ赤になった顔でアスランを睨む。
「お前…いきなり…っ」
「こう言うの、カガリは好きそうだなって思って。甘いのは嫌いじゃないだろう?」
「そりゃ、好きだけど…」
「良かった。貰い物なんだけど俺は食べないし、たまっていく一方だったから。チョコレートなんかもあるんだ。好きなだけ食べてって」
「う、うん。…ありがと」
紅くなりながらも、もごもごと口の中で飴を転がすカガリの髪を撫でながら、アスランは満足げに口元を綻ばせた。
美味しいかと、もう一度首を傾げて問いかければ、こくりと頷く少女の姿。
時折ころりと小さな音を立てつつも、傍らにて大人しく甘さを堪能するカガリに飽きず視線を送り続けながら。
アスランは束の間、心休まる穏やかなひとときを噛み締めるように味わった。



fin
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