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□貴方は今日もやってくる。
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貴方は今日もやってくる。
「ひーよーしっ!」
次の授業が行われる教室へ移動中。
元気な声に呼び止められたと思ったら、腰に軽い衝撃がきた。
「…?!」
見ると腰におかっぱの小柄な男子生徒がくっついていた。
「…向日さん」
「日吉ー!なにしてんのー?」
「俺は廊下を歩いているだけです…あと離れてくれませんか」
「なんだよ日吉ー冷たいなー」
渋々俺から離れたこの人は、俺が所属しているテニス部の先輩だ。アクロバティックなプレイを得意としている。
「日吉!次の授業なに?」
「…音楽ですけど」
「カントクの授業かよー!おまえ居眠りしてっと評価さげられんぞー」
向日さんはにやにやしながら言った。
「あなたに言われたくないです」
「なんだとー!お前後輩のくせに生意気だぞ!!」
ここ廊下なんでギャーギャー喚かないでください。
「ってかきーてくれよ日吉!ジローのやつさぁ!」
この人はいつも必要以上に人の名前を呼んでいる気がする。
背の低い先輩を見下ろしながら思う。
表情もくるくる変わるし、声もデカイし…正直うるさい。
というか何故俺に構ってくるんだ。
「…だったんだけどよ!日吉どう思う?!」
ほらまた名前を呼ぶ。
「…へぇ」
「へぇ…ってそれだけかよっ!」
ぷぅっと頬を膨らませる向日さん。
本当に表情がよく変わる人だな。
「…向日さん。そろそろ次の教室に行かなきゃならないんでもういいですか?」
「えーっまだ時間あるだろ?」
「もう予鈴鳴ってるし…人もいないじゃないですか」
いつの間にか廊下に人気がなくなっている。
「うわっほんとだ!やっべぇもう始まるじゃん!」
「誰かさんに捕まったせいで…」
「俺のせいかよ!」
…あなたのせいでしょう。
「じゃあ俺もう行くわ!」
慌てたように言って、それからにかっと笑った。
「じゃな日吉!また放課後なー!」
なんか…
「…向日さん」
「ん?」
教室に行こうとする向日さんの腕を掴み、ぐっと引き寄せる。
「…っ?!」
気がついたら向日さんの唇に自分のを重ねていた。
唇が離れると、向日さんは目を見開いたまま固まっていた。
俺…今、何をした…?
「…早く行かなくていいんですか?」
自分が取った行動に驚きつつ、平静を装う。
向日さんはハッとしたように顔を真っ赤にした。
「お…おまえ…っな、なにしてんだよ!」
「…なにって…キス?」
「なんでっ…」
なんでって…
「…気まぐれ?」
「は?!気まぐれっ?!」
「もう行かなきゃなんで…それじゃ」
「おい日吉っ!!」
向日さんに背を向けて走り出す。
向日さんは追ってはこなかった。
…おい、大丈夫か俺。
男にキスって…。
あの時、向日さんのことを…可愛いとか思ってしまった。
大丈夫か、ともう一度自分に言い聞かせるようにして、俺は教室へ急いだ。
貴方は今日もやってくる。
その度に俺はおかしくなるんだ。