short-renge

□世界の外側
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欲しい物は力尽くで手に入れる。
手に入らない物なんて無かった。

今も変わらず、この世界に手に入らない物は無い。










‐沃霖番外高杉編‐










始めて見たのは未だ太夫に準ずる遊女だった頃、妓楼の格子の向こう側。

やる気の無さそうな瞳が五月蠅い位に頭の奥に焼き付いた。




それから暫く、退廃的な色気を持つやる気の無さそうな太夫の噂を耳にした。




次に見たのは妓楼跡。

いつか見たより絢爛な着物姿で立ち尽くし、やる気の無さそうな瞳が壊れた格子を見つめていた。




その次もまたも同じ場所。

売っ払いでもしたのか、随分と質素な着物で雨風に晒された格子の上に座り込む姿。
片手に握った懐剣をやる気の無さそうな瞳が見下ろしていた。




雨が降っていた。
やる気の無さそうな瞳を見るのはこれで四回目。




「よォ」

「………………」

「クク……太夫が随分と似合わねェモン持ってんな」




自分で言って思い出す。

今ここで雨に濡れているのは格子の向こうで売られた女。
金次第で体を抱ける。手に入れるには余りにも簡単な物。




「………私を、御存知で…?」




やる気の無さそうな瞳が初めてこちらを捉えた。

瞬間、喩え様の無い何かに捉えられた。




「妓楼じゃ上方一の遊女って言われてたろ。一度でもこの辺を通った事がある奴ァ皆覚えてんじゃねェか?」




手に入れるには余りにも簡単な物。

欲したのは只の戯れ。




「いつもココに居るな。遊女にゃ帰る場所なんかねェんだろ」

「ええ。新しい職場か……馴染めない者は行き倒れでしょう。…お上も思い切った事をなさる」




滅多に見ない、酷く鋭い牙が覗いた気がした。




「憎いか?」

「………………」

「世界が憎いか?」

「…………いえ」

「最高位の遊女だったお前さんが帰る場も行き場もねェ、雨の日にこんな所を何年もさ迷わにゃあならなくなったのは一体誰の所為だ?」

「元より私に身を置く場所などありません。存在しない人間が、ありもしない世界を怨むと言うのも可笑しな話ではありませんか」




やる気の無さそうな瞳は既に何も捉えていない。

それなのに言い様の無い何かは、変わらず俺を捉えていた。




「クク…良い眼してやがるじゃねェか」

「それはどうも」

「で、その懐剣はどこで拾ってきた」




女の片手に握られた懐剣。

稀に見る、獣の気配。




「遊女に扱える代物だとは思えねェ。妖刀は持ち主を選ぶ。聞いた事ねェか?」

「………沃霖刀と言います」

「………………」

「私の為だけに残された世界が、唯一この中に」




女の瞳はこちらを向かない。

体の中で喚き散らすこれは一体何なんだ。
この女を壊せと急かすこれは一体何なんだ。




「……そいつァ既にソレに浸されてるって事じゃあねーのか」

「ええ。この世に生まれ出づる以前より」

「……お前さん武家の出か?」

「………………この懐剣の為だけに存在していた家筋でした」

「『でした』?」

「私の血で始まった世界ならば、私で終わるのも妙理と言うもの」




捉えられた。

今度は体の中と外から。
黒い獣が咆哮を上げた。







力任せに振り下ろした刀が細腕に握られた懐剣に止められる。

黒い獣はそれきり一声も洩らさなくなった。




俺を捉えた喩え様の無い何かが、黒より黒い靄の様な物となって俺の中に渦を巻く。

のたうつ黒い獣を力尽くで抑え付ける。




その時になって漸く、女の瞳が正気と狂気の合間に在る事に気が付いた。

現実でも幻想でも無いどこか。
正気とも狂気とも付かない何か。



この女は壊せない。
感情論では無く、壊す事が敵わない。

だからこそ、抑え付けられ喚き散らした。壊せと急いた。




浄化なんて物じゃない。

認めざるを得ない程に、黒い獣は女を畏れた。


理解して尚の事、この女が欲しくなった。




「来いっつっても拒むんだろうな」




ぽかりと空いた黒い何か。
闇でも光でもないそれに、足元から呑み込まれていく感覚を理解出来る人間が存在するのだろうか。




身を置く場所の無い世界を憎まなかった女は、ありもしない世界に存在しなかった。


狂気も正気も端から存在しない場所で、汚いこの世界を外側から眺めていた。




「言うなれば、私は刀。自分の意志に関わる事なく血を浴びるだけの人斬り包丁。侍にはなれません」




今も変わらず、この世界に手に入らない物は無い。
欲したものは、手に入る世界には存在しなかった。



一度くらい買っておけば良かったかも知れないと嗤った声は、自分にすら届かなかった。









足元で燻ぶり続けていた黒い靄が、再び獣を抑え込む。

「御用改めです。神妙にしなさい、テロリスト」

出入り口でも何でもない場所に穴を空けた割に静かな口調で告げる女は、あの頃とは違う正気に傾いた場所に立っていた。

そうして変わらぬ、狂気も正気も存在しない瞳で、ありもしない世界の外側から俺を捉える。

「やっと追い付きやがったか」


只、プライドだけでそこに立つ。



───
男キャラが何処と無くヘタレっぽいのは月蝕女が強過ぎる所為なのは良く判った。
力負けして張り合えない様な女の子を狼魔が書けないのはとっくの昔に知ってる。

さてどうしよう。

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