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□千代へ萌ゆる露
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私を拾ったのは、美しい人だった。



「最近帰蝶様の後ろに小さいのがくっついてるだろ」

「居るなあ」



その日は良く晴れた寒い日で、村を襲った炎は瞬く間に木々に燃え広がった。



「あれって何なんだ?」

「帰蝶様が拾ってきたらしいんだが……なんでも名前が蝶だとか」



両親と兄は、幼い私と乳飲み子だった妹を逃がして賊に殺された。



「で、帰蝶様がえらく気に入っちまったらしい」

「俺この間、道三様があの子に稽古付けてるの見た」

「道三様も面白がって帰蝶様の御付きにするとか仰ってたぞ」



妹を守れるのは、もう私しか居なかったのに。



「帰蝶様の為の子飼いの蝶か」

「それにしては小さな蝶だな。大丈夫なのか?」



気が付いたら、私は一人生き延びていた。
たおやかな微笑を浮かべて私の顔を覗き込むのは、私を拾った綺麗な蝶。



「さあ…お前よりは役に立つんじゃないのか?」

「馬鹿、俺はお前より軍に貢献してる」

「はは」



『帰蝶の小さな蝶』
それが、私の名前の由来。

両親が千代に亘る栄華の夢を願った名は、今は泡沫。






「―…蝶様、胡蝶様」

「……、あ…」

「落ち着ける場所で少し休まれますか?随分とお疲れのようですが…」

「…いえ…、ここで大丈夫です。わざわざありがとう」










‐千代へ萌ゆる露‐










「待て慶次!」

「早く服着なよー利!」

「いけません慶次!湯船に冷や水を張るなどと!悪い子にはお仕置きですよ!」

「おぉっと危ねぇ!」




まつと利家の怒声に、からかうような慶次の声。



隊舎にまで響く騒がしさには前田軍も慣れたもので、また『家出した甥っ子の捕獲』等と言う他の軍に属していれば到底考えられない任務が与えられるのか、と部屋の隅で肩を窄める兵もちらほら見える。

頻繁に捕獲に駆り出される割には、自分達が捕まえられた事は一度もないのがまた問題だ。


最近見掛けるようになった風来坊の御目付け役。
彼女が言っていた『千の兵(へい)より一の兵(つわもの)が怖震ふ』とはこの事か、と心底思う。




この御目付け役、余りに頻繁に家を飛び出す義弟を見るに見兼ねたまつが濃姫から借りてきた童女―…に見え…は、する…本人は『おのこであれば元服は済んでいる』と怒っていたが。

これが思いの外曲者で、線が細くあどけなさの残る外見に騙されて痛い目を見た兵士はいざ知らず。

筋金入りの実力行使主義者だった。
要は手が早い。頭の回転も早かった。



……考えてみれば濃姫の御付きとして側に居る事をあの魔王に認められているのだから、当たり前だった。
俺達が馬鹿でした。




そんな訳で初めは軽視していた前田軍も、全員が彼女を様付けで呼ぶに至るまで、ひと月とかからなかった。

例の甥っ子もあの上辺に不意を衝かれて相当痛い思いをしたらしい。




その御目付け役が居ない今。

好機とばかりに悪戯を仕掛け、家を飛び出す風来坊。




「戻りなさい慶次!」

「へっへー、やなこった!」




追い掛けてくる二人を肩越しに振り返りながら足を弛めずに道を曲がる。


…と、後ろばかりを気にしていた慶次に黄色い影がぶつかった。

フラリとよろけたそれに、咄嗟に手を伸ばす。




「っと…悪いな、大丈夫かい―…」

「…慶次様」

「げっ…」




薄く褪せた赤味の長い巻き髪に幼さの残る華奢な肢体、ふんわりとした黄色い着物に長い黒帯。

煤竹色の瞳が、下から慶次を見据えた。




「…蝶は、悲しゅう御座います」

「胡蝶っ……、や、やあ蝶ちゃん!今日は帰らない筈じゃ…」




端正な顔を物悲しげに地面に向け、静々とした動作で肘を曲げる。

胸の前に構えるは、一般的なものと比べて細めではあるものの自身の背丈の倍以上ある大長巻である。




「蝶が濃姫様の使いでほんの僅か尾州へ出向いた隙にこのような…」

「蝶ちゃん鞘付け忘れてるって!」

「慶次様の目付が蝶の御役目、これでは蝶は皆様に顔向け出来ませぬ」




かさのある着物に隠された細腕が大長巻を巧みに弄ぶ。

刃先は軽く空気を切ると、慶次の喉元に触れるか触れないかの位置でピタリと静止した。




「さあ、まつ様のお説教の時間の時間に御座います。大人しくお戻り下さいませ」

「慶次!…まあ胡蝶、よい所に!」

「うわっ」

「まつー早いよ…あ、蝶ちゃんおかえり!」




足止めを食らっている間に前田夫妻が慶次に追いつき、後ろには薙刀を持ったまつ、前には大長巻を持った胡蝶。
序でに左右は三又槍の利家と前田家の外壁に挟まれている。




「……………」




ジリジリと間合いが詰められては慶次が後退し―…

繰り返す事数回、慶次の背中が壁に触れた。




「………右も左も、八方塞がりか。胡蝶が居なけりゃあ、いけると思ったんだけどな!」





言うや否や、胡蝶の体が浮き上がった。


大長巻を取り上げ、片手で超刀朱槍と一纏めにして持ち直す。
もう片手には肩に担ぎ上げた胡蝶。

夢吉が、自身の定位置に乗せられた胡蝶に不思議そうに手を伸ばす。



一拍遅れた三人を面白そうに横目で見ると、慶次は前田家を背に一目散に駆け出した。




「なっ…」

「正面からやり合うのは骨が折れるからさ、このまま持ってかせて貰うよ!」

「け、慶次!胡蝶を離しなさい!慶次!」

「え、あ…え?わ、……やっ、ま、まつ様!まつさまぁぁぁ!」

「胡蝶!」




目前に繋がれているのは、たった今胡蝶と帰ってきたばかりの前田家一の早馬だ。

それに飛び乗ると同時、紲に一閃。
胡蝶は肩に担いだままで、馬の腹を強く蹴り上げた。







「い、如何されました!」

「大変だ!蝶ちゃんが勾引かされた!」

「胡蝶様が!?い、一体どこぞのならず者にっ―…」

「慶次に!」

「………はい?」

「慶次に持ってかれた!蝶ちゃーん!」



───
これタイトルが何やら訳の判らない言葉の羅列になっておりますが
【永い年月へと芽吹く儚く消えやすいもの=死】
みたいな感じの狼魔的解釈だと思って適当に流しといてあげて下さい。
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