novel

□愛を知らない君
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「遅かったな、若菜。俺らこれからコンビニ行くけど、お前はどうする?」

『あー、悪いけどパス。久しぶりに頑固親父と話したら疲れたわ。』

「ちょっとアンタ顔色悪いよ?冷蔵庫にアタシのペットボトル入ってるから適当に飲んでな。」

『うん、ありがと美南。』



わたしがこのフリースクールに通うようになってから、もう3年が経とうとしていた。
ここはひどく心地がいい。ここの仲間は何かしら問題を抱えてる生徒ばかりだから、深く相手の事情に踏み込んでこようとする友人はいない。まだこの場所を自分の居場所であると言えるほど確かなものではないけど、ここはあの家族からのわたしの唯一の逃げ場だった。



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「あら若菜ちゃん。雅くん、国公立の大学に合格したんですって?」

「さすが主席よねぇ。」

「若くんのほうはあの氷帝学園テニス部の準レギュラーになったって、うちの娘に聞いたわ。」

「いいわね、素敵なお兄さんたちで。」

「若菜ちゃんも、お兄さんたちに負けないよう頑張ってね。」



まだ小学生の頃、わたしは近所に住むおばさんたちが大嫌いだった。人の顔を見る度に兄の話を持ち出して、欲しくもない期待を押し付ける。それが、彼女たちの癖だったから。

日吉家の3兄妹は近所では有名だった。
長男の雅兄は頭が良くて、毎回のように主席を取って来ては誉められて。次男の若兄は運動神経が良く、幼い頃に始めたテニスの腕をみるみるうちに磨いていった。
そして、長女であり末っ子のわたし。
頭が悪いわけでも、運動神経が悪いわけでもないのに、兄たちと比べられれば出来の悪い妹なんてレッテルを貼られるのだ。
そしてそれは、両親も同じことだった。



「雅はいつも満点なんだから、あなたもやれば出来るのに…。」

「なんだ、若は全国に行くというのに、お前は県大会にも進めないのか。」



―もう、限界だった。
いくら頑張っても、兄たちには勝てない。だったらもう、いっそのこと努力なんて止めてしまおう。
わたしが出した結論は単純で、ひどく滑稽なものだったと思う。兄の出来を喜ぶばかりで、わたし自身を見てくれなかった彼等に仕返しをしたかっただけなのかもしれない。
でも、もう自分でもこの気持ちを止めることは出来なかった。



「お前はどれだけ親に負担をかければ気がすむ!?」

「これ以上わたしの顔に泥を塗る前に、家に帰って来るんだ!」

「兄さんたちはしっかりとやっているだろう。何故お前だけ出来ないんだ?すぐ諦める癖を治して、もっと頑張りなさい。」



ボスン、と自分のベッドに顔をうずめた。
父親の、先ほどの怒声が頭の中をめぐる。なんて自分勝手で、なんて横暴な言葉なんだろう。結局あの男は、わたしと向き合う気なんてこれっぽっちもないんだ。
あいつが必要とするのはわたしじゃない。
兄のように出来のいい、聞き分けのいい娘。



「…頑張れなんて言葉、大っ嫌い。」



あれ以上、どう頑張れば良かったと言うのだろう?毎日予習復習を欠かさず、放課後は遊ぶ暇も惜しんでテニススクールに通って。
何もかも、一生懸命だった。
今思えば、愛されたいと必死だった昔のわたしに嘲笑ってしまう。
あんな両親の愛情なんてものを欲していたなんて。あんな家にすら、自分の居場所を探し続けていたなんて。
そんなもの、とっくにありはしなかったのに。本当、ひどく滑稽だ。

存在しない虚像に、
必死ですがろうとしていたなんて―













心失くした瞬間

(思い知ったのよ、)
(わたしの居場所なんて…ここにはないと―)








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度を過ぎた「頑張れ」は苦しくなりますよね(´・ω・`)







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