novel

□哀しいけど温かい少年少女シリーズ
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「君、もしかして自殺志願者?」

「?」





声をかけたのは、ただの気まぐれだった。たとえばそこが学校であったなら、いじめが原因かななどと多少気にかけるだけで、こんな風に声をかけることはしなかっただろう。でもそこがたまたま俺の入院する病院だったから。そして、彼女が身に纏っていたのが病院で貸し出される患者用の服だったから。気になった、それだけのこと。毎日のように命が消えゆくこの場所で。多くの人が、辛い現実と向き合いながら、死にたいと思いながら、それでも生を求めるこの場所で。目の前に立つ少女は、何故死を選ぼうとするのか。知りたいと思ったのだ。







「なあ、飛ぶの?そっから。」

「………」






何も言わない少女に再び問いかけると、彼女は静かに首を横に振った。なんだ、飛ばないの。なんて呟けば、カタン、とフェンスを揺らして、少女がゆっくりとこちら側に歩いてきた。裸足のせいか、彼女が足を地につける度、ペタペタと小さな音が鳴る。やがて俺の目の前まで来て、その少女は立ち止まった。その距離まで近付いて初めて分かったのは、彼女が俺よりも年上であろうことだった。背は小さくて小柄だが、童顔ではない。おそらく、18、19といったところだろう。
身長差から俺を見上げるようにして見つめていた彼女は、ポケットから携帯を出してカチカチと何かを打ち込むと、無言のまま俺に差し出した。その行動の意味が分からず首を傾げると、画面をみるよう促される。






《残念でした。わたし、死にたいほどこの世界に絶望してないの。》

「…じゃ、あんなとこで何してたんだよ?」

《空を見てたのよ。今日はよく晴れてるから。》





自殺する人間だと思われていたのに、少女は綺麗に笑った。ゆっくりと見上げた空は青に染まっていて…何故だか無性に泣きたくなった。







《あなたは?》





チョンチョンと俺の服を引っ張った彼女は、俺に携帯画面を向けた。何が聞きたいのか分からずに首を傾げると、彼女は少しだけ言葉を付け加える。









《あなたは、何をしにきたの?》


「そ、れは…」






きっと彼女には最初から全て分かっていたのだろう。一度世界に絶望した彼女だからこそ、俺が屋上にやってきたその訳が。俺はうらやましかっただけだ。フェンスの向こう側で、目下の景色にも臆さないかの少女が。
だから、思わず声をかけてしまった。彼女となら、この苦しみを共有できると思ったから。彼女となら、この不平等な世界でも生きて行ける気がしたから。直感だなんて曖昧なものじゃない。本能が、俺に告げていた。
そして彼女の次の言葉を見たとき、俺は確信するのだ。







《知ってる?世界って、人が思うよりずうっと優しいのよ。》


《だから、もう少しだけ…わたしと一緒にこの世界を生きてみない?》







きっと俺は、今日の日まで彼女に出会うために生かされてきたのだと―














遠い空を見つめる少女
















『…ねえ、何笑ってるの?』


「いや、お前と初めて会ったときのこと思い出してたんだよ。」


『…ああ。印象に残るわよね、あれは。』




「そういやさ、お前なんであの時俺が死のうとしてるって分かったんだ?」







『…なーんとなくよ。ほら、わたしたちって似てるじゃない。』















少女は、綺麗に笑った―












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