ごみ箱

□助けを求めているのはどちら?
1ページ/1ページ

開いた窓から冷たい風が豪奢で広い部屋の中へと
入り込む。
その傍に佇む紫の羽織の男がにやりと怪しく笑った。

「始めまして騎士団長殿?今宵は月が綺麗ねぇ」

へらへらと愉快そうに男は笑うが
その瞳は確固たる意志の色を宿しながら
目の前の深紅の瞳を睨みつけている。
アレクセイは不愉快そうにその深紅の瞳を細め、
立ち上がった。

「・・・何のつもりかね?シュヴァーン。」

威厳と威圧感のある低く冷たい声が
シュヴァーンと呼ばれた男に鋭く突き刺さった。
それに男の肩はびくりと揺れたがそれを隠すように
ははっと小さく笑う。

「シュヴァーン?違う。俺はレイヴンよ。
アンタに作り出された道化のレイヴン。
この姿で合うのは初めてだけどね。」

「ほう、それではレイヴン。私に何の用かな?」

明らかな怒りを含めた声。
レイヴンはそれに負けまいとするように
アレクセイの瞳を精一杯睨みつける。

「ドンの仇、とらせて貰うわ。」

瞬間、短刀を抜いたレイヴンがアレクセイへと
一気に間合いを詰めた。
鋭くそれをアレクセイの胴目掛けて振り下ろす。

「世迷言を。」

剣を抜いたアレクセイはそれを容易く弾き
ついでだとでも言うようにレイヴンに向かって
横一線に剣を振った。
それを短剣で防ぐとレイヴンの体は易々と
宙を浮き、そのまま壁に背中を打つ。

「っ!」

素早く起き上がろうとするが
顔の真横を頬に一線紅い線を刻みながらアレクセイの長剣が通り過ぎ
壁にぐさりと突き刺さった。

「そんなにあの老いぼれが大事だったか、シュヴァーン。」

アレクセイが壁に剣を突き刺した体制のまま
座り込むレイヴンを見下ろした。
レイヴンはそんなアレクセイを見上げながら
ふと笑った。

「ええ。シュヴァーンはどうだか知んないけど
俺にとっては大切だったよあのじいさんは。」

ふん、とアレクセイは嘲笑うように鼻を鳴らし
レイヴンの髪を掴み引き上げ顔を近づける。

「言った筈だシュヴァーン。お前は私の道具だと。
お前の体は私の物であり、お前に心など存在しないのだよ。
大切だっただと?笑わせるな。」

がつんと鈍い音を立てながらレイヴンの頬を打った。
鎧を纏ったままのアレクレイに殴られた
レイヴンの頬は赤く染まり血を流している。

「・・・確かに俺はアンタの道具だ。だけど、
心を無くした覚えなんてない。
アンタの玩具遊びには疲れたよ。
いい年こいたおっさんがこんな俺みたいな道具使って
玩具遊びだなんて気持ち悪いったらないわっ」

いい終わらぬ内にまたレイヴンの頬をアレクセイが打ちつけた。

「それで?愚かにも心を持った滑稽な道具は
単身で私に挑み勝てるとでも思っていたのか?」

まさか、とレイヴンは笑う。
あくまでも飄々としているレイヴンにアレクセイは
苛々と舌打ちをする。

「アンタに勝てるだなんてこれっぽっちも思っちゃいないわよ。
アンタに剣を向けられただけでも誉めてもらいたいね。」

「なら何故来た。勝てぬ戦に身を置くほど
愚かではないだろう。」

「そうね。宣戦布告ってとこかねぇ?」

アレクセイは眉をピクリと動かした。

「私に牙を剥くか。」

「あら、心の広い言葉で。さっきのは牙を向けたのには入らないってわけぇ?
・・・俺はね、もうアンタのものじゃない。
自分の物にしときたいなら遠くに置いたのが
間違いだったわね。」

先程から髪を掴み上げられているせいで
レイヴンの髪留めが切れ、ポトリと床に落ちた。
ぼさぼさだった髪がさらさらと流れ
左眼を前髪が隠した。

「忘れたか。お前のその心臓魔導器を
止めるも止めないも私の自由だという事を。」

髪を掴んでいた手を離し今度は顎を持ち上げる。
髪を結っていた時の瞳と違い
伏眼がちの翡翠の目がそれでも変わらずこちらを睨んでいた。

「止めたければ止めればいい。私は今まで止めないでくれなどと貴方に頼んだ事はない筈。
私はもう失いたくはないだけです。
今いる者達のことも・・・貴方の事も。」

震えながらも凛とした声だった。
この声を10年ぶりに聞いた、と懐かしさに
アレクセイは眼を細めた。
いつもの沈んだ、無機質な声でなく
意思の篭もった昔の生き生きとしたシュヴァーンの強い声。
だけれどそれが今更なんだというのか。
己の理想は着々と現実になろうとしている。
己はそれを果たすのみだとアレクセイは
口角を吊り上げた。

「アレクセイ様。私はただ貴方に戻ってきて欲しいのです。
貴方にこれ以上間違った道を進まないで欲しい。」

アレクセイはシュヴァーンの瞳から視線を逸らすと
つかつかと自分の机の方へと歩いていき
その豪奢な椅子に座った。

「・・・時間をやろう、シュヴァーン。
その愚かな考えを正す事ができたなら、
また使ってやる。」

くつくつと喉を鳴らしながらアレクセイは
シュヴァーンを見る。

「それができずにまた私に剣を向けるような事があれば、」

シュヴァーンが予備の髪留めを出し髪を結いながら
アレクセイを見据える。
それに愉快そうにアレクセイは笑いながら言った。

「貴様の仲間等とダングレストを潰してから
私が直々に貴様のそれに剣を突き刺してやろう。」

アレクセイの指が真っ直ぐとレイヴンの
心臓の位置を指差した。

「あいつらはアンタにそう易々と負けるほど弱くないわよ?」

「ふん。ドン・ホワイトホース亡き今、ユニオンは脆い。
潰すのは容易なことだ。」

アレクセイは笑みを崩さず言う。
お前が大切だと言う物を全て壊してやろう、
まるで子供が駄々をこねているようだと
レイヴンは瞳を細めた。

「可哀想な人だよ。アンタは。」

レイヴンは悲しそうに顔を歪めてから
入ってきた窓に近寄りそこから飛び出す。
アレクセイの最後に見た表情を脳裏に焼き付けながら。

「どんなに悲しそうな顔して笑ってるか、アンタわかってんの?」

そんなレイヴンの悲痛な呟きは誰の耳にも届く事はなく
ただ暗闇の飲まれていった。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ