wings of words

□知らないから
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「遊星っ、これ言われてたやつ。買ってきておいたよっ。」
「ぁ、あぁ・・・すまない。」
 嘉穂から言っていた物をパッと受け取り、素っ気なくまたガレージの方へと戻っていく遊星。



 そんな遊星に、嘉穂は酷く不安を覚えていた・・・

















知らないから














(なんか・・・PV見てから遊星、あたしに素っ気ない・・・)
 ゾラの店の番をしながらも、嘉穂の頭はその不安でいっぱいだった。
 はじめの頃は、私が何か遊星にしただろうか?と必死に模索していたが、自分の考える中ではそれが見当たらなかった。ゆえになおさら、嘉穂を不安にさせる。
(もしかして、PVを見てはしたないって思われた、かな・・・嫌われ、たかな?)
 そう思うと、嘉穂の胸はキュウゥッと締め付けられたように痛くなる。



(・・・・・“また”、なの?)



















 夕方。夕飯にカレーを作ろうと思ったらジャガ芋がなく、仕方なく嘉穂は買いに行っていた。
 クロウは仕事に出ていて、ガレージには遊星とジャックだけ。






「・・・いいのか?嘉穂を1人だけにして。」
 ソファに座り、デッキ調整していたジャックが、Dホイールのエンジンプログラムを打ち込んでいる遊星にそう尋ねる。
「・・・いつも俺がついているわけじゃない。」
 どことなく不機嫌そうな声音でそう答える遊星。だがその答えが気に入らなかったのか、ジャックは眉間にしわを寄せて遊星を見て、口を開いた。
「何を今さら避けているッ!?」
 その声音は怒気も含まれていて、流石の遊星も驚く。
「っ、何を怒っているんだ?」
「お前がいつものお前ではないからだッ!!」
 ジャックの怒りと言葉にたじろぐ遊星。ジャックは短気だが、怒るのにはそれ相応の理由があることを知っているからだ。
「いつものお前なら、片時も嘉穂と離れたくないはずだッ。」
「っ・・・」
 図星である。今だって本当は傍に行きたい。しかし、憤りが心の内にわだかまっていて、傍に行きたいのに行けないのだ。





(PVを・・見たからだ・・・ッ)





 そう、遊星が憤りを覚えたのはPVを見てからだ。
 顔はあまり見えなくても、嘉穂の顔を知っている遊星には嘉穂がどんな表情をしているのかだいたい想像できる。
 PVなんだから、多少なりと知らない表情があるのはしょうがないと思っていた。




 だが、PVはその予想以上に遊星の知らない嘉穂の表情があった。



 男を誘う表情も、寂しさに嘆く表情も、男を包み込む優しい表情も、全部全部、遊星は知らない・・・







 それが憤りの原因だ。
















(嘉穂は何も悪くない。分かってる・・・だが・・・・・嫉妬してる。)
 自分の知らない嘉穂の表情が自分以外に向けられているんだと思うだけで、遊星の内心はモヤモヤとしているものが渦巻き、キュウゥッと締め付けられたようになる。
 遊星自身、重症だと思いフッと自分をあざ笑うように鼻で笑った。







(・・・たしかに、いつもの俺らしくない。)
「迎えに行ってくる。」
 立ち上がってジャケットを羽織り、革手袋を手にはめてガレージを出る。
 ジャックはそれを黙って見送り、やれやれとこう思った。



(不器用と初心者では、まったく手がやける。)

















(うぅ・・・買いすぎた、重たい・・・・・)
 ジャガ芋だけ買うつもりだったが、今日に限って安売りが多くて結局荷物が多くなってしまった嘉穂。
(なんで今日に限って安売りしてるのよーッ!!)
 そう内心で悪態をつくが荷物の重さは変わるわけがなく、嘉穂は休憩するために一旦荷物をおろした。
(遊星がいればなぁ・・・でも、最近私のこと避けてるし・・・・・)
 そう考えるとまた寂しくなって、シュンと沈んでしまう嘉穂。しかしそれを振り払うように頭を振る。
(今までもそうだったし・・・気にしない気にしないっ!)
 そう自分に言い聞かせて、買い物袋に手をのばす。
 が、それは違う手によって止められる。










「ジャガ芋だけじゃなかったのか?」
 買い物袋をヒョイと持ち上げられる。
(う・・そ・・・)
 バッと買い物袋を持ち上げた人を見る。







 遊星が、いた。













 嘉穂は驚きに目を見開く。
「遊、星・・・」
「帰るぞ、嘉穂。」
 買い物袋を全て持つ遊星を呆然と見つつ、嘉穂はコクンと頷く。そして2人で黙って歩きだした。




(き・・・気まずい・・・・・)
 会話のないこの状況に、ただただ俯く嘉穂。その時、遊星が口を開く。





「・・・素っ気なくして、すまなかった。」


 嘉穂の斜め前を歩いていた遊星の開いた口から出たのは、ストレートな謝罪。
 まさか謝られるとは思わなくて、嘉穂は呆気にとられて思わず立ち止まってしまう。
 そして慌てて口を開く。
「・・・そ、そんなことっ!謝らなくてもいいのに・・・・・」
 そう言えば、遊星は首を小さく横に振る。
「今回は俺が悪いんだ。それに・・・謝らなければ俺が納得いかない。」
 立ち止まり、嘉穂の方を向いて遊星はそう言う。
 そんな遊星に泣きそうになるのを堪え、嘉穂は遊星に笑みを向けた。
「じゃあ・・・いいよ。許してあげる!」
 嘉穂のその言葉に、遊星はホッとした笑みを浮かべる。
 そして再び2人は歩きだす。



 今度は2人並んで、いつものように他愛のない話をして・・・





(そうだよ・・・遊星は、“あの人達”とは違うんだから・・・“あの人達”みたいなこと、するわけないじゃん・・・・・)





*


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