捧物

□後悔先にも後にも立たず
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やってしまった。
青峰はシャワーの湯を頭から浴びながら、先ほどまでの自分の行為を盛大に後悔していた。
盛大に後悔、は少し言い過ぎかもしれない。
彼が自分の行為を後悔しているのは確かだが、それと同じくらい喜びも覚えていたからだ。
思わず緩みかけた頬を慌てて引き締める。
こんなところを見られたら、ただでさえ怒っているであろう最愛の人が臨界点を突破してしまう。
それだけはできれば避けたい。
シャワーのコックを捻ってお湯を止め、浴室から出る。
でも悪いの俺だけじゃねえよな。
数時間前に起きたマジバでの出来事を思い出す。
自分の元相棒と元同級生の恋人が若松にべたべたしていたのがそもそもの原因だ。
怒られるならそっちにも責任を取ってもらおう。
よし、俺悪くねえ。
青峰らしいと言えばいいのか、よくわからない理論で後悔と反省を締めくくり、先ほどは抑えた笑みを浮かべる。

「今日の若松サンすっげえよかった」
「そうかそうか、俺は最悪の気分だ」
「……あ」
「青峰」

あ、デジャヴュ?
にっこり、と。
輝かんばかりの笑顔でこめかみに血管を浮かべるという器用なことをする若松に、青峰はいつだか味わったような痛みを感じる。
えーと、確かまだ付き合い始める前に…。
似たようなことがあった気がする。
青峰が記憶を探りはじめるのと同時に、若松の口が開き、そして――。

::

「若松サン、メアド教えろよ」
「やだ」

間。
こう例えるのが一番相応しい沈黙が体育館を満たす。
そんな一瞬の間の後、一部を除き部員たちはここ最近ずっと続いているやりとりに溜息を吐いた。
だが気にしたら後が面倒だとわかっているため、何も口に出さず練習を再開させていく。
徐々に元に戻っていく周りの状況に構わず、またわずかな間を置いて青峰は再び若松に対して口を開く。

「教えろよ」
「やだ」
「教えろ」
「まず先輩への口の効き方から覚えろ」
「…教えてください」
「絶対やだ」

ふん、と顔を背けて若松は青峰から離れていく。
その若松を青峰が追い、同じやり取りがまた繰り返される。
一体何故こんなやり取りが起きるようになったのか。
それを知っているのは青峰と、彼の幼なじみの少女しかいない。
そもそもこの状況を作り出す原因となった一言を言ったのが彼女だった。
しかし彼女には何一つ悪気はなかった。
その恋を進展させたければまずは仲良くならなきゃ、と悩んでいた幼なじみに言っただけだった。
彼女はただ純粋に幼なじみの恋を応援しただけだったのだが、どうやら相手が悪かったらしい。
メールアドレスを聞いて親交を深めようと考えたところはよかった。
けれど、その聞き方はどうしようもなかった。

「アドレスくらい教えろよ!けち臭ぇ!」
「あぁ?!んでテメェに教える必要があんだよ!聞き方から学び直せバーカ!」

元の性格が若干俺様な上、本心ではべた惚れなくせに素直になれないという青峰が、普通に親交を深めることができるわけなかったのだ。
そして青峰にあまり好感情を持っていない若松が、これで頷く訳がない。
当然、今のように断る。
だが青峰が素直に引き下がることもない。
再びチャレンジし、断られ、またチャレンジし、とやり取りは続く。
こうして出来上がった悪循環は、今日で約一ヶ月を迎えていた。

「なんでお前が俺のアドレス知る必要あんだよ」
「そ、そりゃ…練習のこととかあんだろ」
「ろくに出てねぇ奴が何言ってんだ、コラ」
「最近出てんだろ」
「こんなくだらないやり取りしにな!」

周りを配慮して体育館から出た二人は―配慮したのは若松で、青峰は追いかけただけだが―、やはり上手く行っているはずがなかった。
青峰は青峰で素直になれないし、若松は若松で思うところがある。
好感情を持っていないとは言ったが嫌いという訳ではないので、アドレスを教えるくらいは構わないと思っている。
しかし初めに気に障ったことと断り続けた日々のせいで、もう意地となってしまったのだ。
片や素直になれず、片や意地になってしまい。
よっぽどのことがなければ、悪循環から抜け出すのは不可能であろう。
そして、このことは当事者である二人が一番わかっている。

「そんなに嫌かよ」
「…ああ」

気まずい空気が流れる。
お互いに一歩引かなければ崩れることはない状況。
青峰は若松をじっと見つめ、反対に若松は青峰を見ることができない。
一歩引けば全ては丸く収まるとわかっていても、動くことはできない。
負けず嫌いな性格も災いして引いたら負けだとも思っているのだろう。
もしここに第三者がいればどこまでも広がる悪循環を止めることもできただろうが、そうはいかない。
どうするべきかお互いに踏み止まり、そこから先に抜け出したのは青峰だった。

「わかった」
「何をだよ」
「アンタから聞くのは諦めた」
「そ、そうか」

まさかの青峰が引いたことに、僅かに驚きと何とも言えない感情が若松の胸に広がる。
少し残念な気がするのは、どうしてだろう。
自らのよくわからない心に首を傾げる。

「だから」
「なんだよ…」
「自分でどうにかするわ」
「は?…っ?!」

自分の感情ではなく、青峰のあっさりとした反応を気にするべきだった。
若松はつい数秒前までの自分を後悔した。
あの青峰が自分から引くなんてあるわけなかった…!
どうにかすると言って自分の唇を塞いできた青峰に、若松は後悔や驚き、怒りといった感情で混乱していく。
咥内を荒らされ、身体をまさぐられる。
予想外すぎる青峰の行動に正常な思考が戻って来ようとしたときには、既に青峰は若松から離れていた。
手に、携帯電話を持って。

「っテメェいきなり何しやがる!」
「何って赤外線だろ」
「………は?」

手に持っていた携帯を操作しながら、ポケットから自分の携帯を取り出して器用に同時に操作していく。
若松は携帯の片方が自分のものだと気付き、一つの考えにたどり着いた。
キスの最中に動き回っていた手は携帯を取るためで、そもそもキスも携帯を取るためにやったことで…?
沸々と例えようのない怒りが若松を支配していく。
メールアドレスを手に入れるという念願を叶えた青峰は、それに気付く様子は全くない。
成り行きでキスできたことにも喜びを感じているのだろう。
表に出すことはなかったが、逆にそのことが若松の怒りを刺激した。

「ったく、アンタがさっさと教えてればこんなことしなかったのによ」

用が済んだ携帯を俯いたまま動かなくなった若松に投げ返す。

「ケチケチしてるからこうなんだよ。懲りたらこれからはさっさと」
「青峰」

呼び掛けた若松は笑顔だった。
こめかみに血管を浮かべ、見たことないくらい輝いた笑顔を浮かべている。
あ、やべ。
危険を感じたときには全てが遅かった。
若松は青峰に近付いて、口を開き――。

::

ああ、そうだ。あの時と一緒じゃねえか。
青峰はかつての痛みを正確に思い出して顔を真っ青にさせる。
しかし、同じように全て遅かった。

「死にやがれこの万年発情期!!」

青峰は記憶の中の自分と一緒に、若松の本気の蹴りを受け止めることとなった。

END

::::
キリ番6565を踏んで下さったロクさんに捧げます!
拍手その後orアドレスをゲットするまで、ということでしたので欲張って両方詰め込んだらありえない長さに…orz
青峰が何をやらかしたのかはご想像にお任せします。

リクエストありがとうございました!
よろしければお持ち帰り下さいませ。

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