捧物

□もう知らないんだから!
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この光景、どこかで見たことある。
そう思ったのは誰だったろうか。
レジで注文を受けている店員だったかもしれないし、休憩がてら立ち寄った男女や、他にもいる沢山の人たちだったかもしれない。
だが、それはさして問題ではない。
何を思ったところで、彼らや彼女らには直接的に関係はないからだ。
問題は当事者たちにとって何一つ嬉しくない地獄絵図がその空間に広がっているということだ。
当事者の一人、青峰は正面に座っている恋人の顔をそっと伺う。
が。

「無理無理無理、どうにかしろ黄瀬!」
「ちょ、無理っス!青峰っちのせいなんだからそっちがどうにかして!」
「はぁ?俺のせいな訳ねーだろ、全責任はお前にある!」
「何言ってんスか、それはこっちの」
「青峰」
「黄瀬くん」

「うるせえ」
「黙ってくれませんか」

「……」
「…はい」

とある日のマジバの一角、広がるのはいつだかと同じ地獄の光景。
違うのは、あの時は天国のような雰囲気を作っていた若松と黒子が今回は地獄の発生源になっている辺りだろうか。
店に入ってから向けられ続ける恋人の冷たい視線に、青峰と黄瀬は何一つ心当たりがない。
お互いに顔を見合わせどうにかしようとしたものの、結果は見ての通り。
更に冷たくなった視線に普段は強気の二人もさすがに泣きたくなった。
顔を見合わせ、小声で話し始める。

「青峰っち、本当に何もしてないんスか?」
「まだしてねぇよ。それにさっきまでは普通だったし…お前こそどうなんだよ」
「俺だって同じっス。青峰っちと会うまではいつも通りで…」
「んなのこっちだって黄瀬と会うまでは…」

ん?
互いの言葉にどこか違和感を覚える。
どっちも会ってからおかしくなった?
もしかして、と違和感が形になろうとしたその時、二人の間を感じたことのない冷たい空気が走った。
恐る恐る正面を見れば、見なければよかったと後悔する恋人がそこにいた。

「く、くく黒子っち…?」
「若…若松、サン?」
「何か問題でも」
「あんのかよ」
「…なんでも、ないです」
「……すみませんでした」

二人の圧倒的な迫力に、黄瀬はともかく青峰さえも謝ってしまう。
誰か本当に助けて…。
そう心の底から願ったとき、彼らに微笑んでくれた神もいたようだ。

「あっれー?4人で集まって何してんの?」
「いちいち構うな」

明るい声と不機嫌な声によって、今までの雰囲気が僅かに消える。
ほんの僅かだったが恋人にかつてないほど冷たくされた二人にとっては正に救世主のようなもので。

「うわああっ、緑間っちー!」
「高尾!二人の間に座れ!なっ?!」
「抱き着くな!気色悪いのだよ!」
「別にいいけど…どったのよ、黒子に若松サン」

青峰によって黒子と若松の間に座らされた高尾が両隣に問う。
自然な問い掛けに青峰が心の中でガッツポーズを決めていると、向かいの若松に本気で睨まれる。
しばらく睨み続けて、ぽつりと「だって…」と怒りに満ちた声で呟いた。

「この前の試合、あったろ」
「あー、はい」
「その時にこのハゲと黄瀬が」
「ありえなかったんですよ」
「黒子まで…何したの、そこの二人」
「何もしてないっス!」
「普通に試合してただけだ!」
「どこがだよ!」

バン!と机を叩いて若松が立ち上がる。
どんどん増している怒りと迫力に、青峰は肩を震わせて黄瀬同様に緑間にしがみついた。
そのことが更に怒りを煽るのだが、そんなこと考えていられない。
とにかく、怒る若松が怖かった。

「試合中に!あんな二人の世界作っといて何が普通だ!いつも遅刻するくせに早く来るし、一番の理解者ぶるわ!仲間に頼るようできてない?悪かったな頼りなくて!主将には見せても俺には見せられない裏技もあるようだし?どーせ俺はその程度だよ!大体最後のダンク何だアレ!試合終了のときも敗者になんたらとか尤もらしいこと言って今まで気にしたことあったのかよ知らねえし!最後の最後まで二人の世界かよかったな付き合っちまえ!」

一息に言い切った若松に青峰だけでなく黄瀬や、関係ないはずの緑間まで圧されてしまう。
しかしどうにか若松を宥めようと青峰は動き出そうとするが、不満を持っていたのがもう一人いることを忘れてはいけない。
同意するように、今度は黒子が口を開いた。

「黄瀬くんも黄瀬くんです」
「黒子っち…?」
「黄瀬くんが青峰くんに憧れてバスケを始めたことは知ってます。だからって…本能?僕より青峰くんへの本能がいいですか、そうですか。途中であんな泣きそうな顔までして、僕見たことありませんでしたよ。まぁ僕は始めは『黒子君』ですもんね、ずっと『青峰っち』の青峰くんとは格が違いますよね。二人で無人島にでも行って暮らしたらどうですか」
「それがいい、一生帰ってくんな」

かつてこんな恐ろしい強敵がいたであろうか。
いいや、いないに違いない。
青峰と黄瀬は完全に敗北していた。
言い返そうと思えばいくらでもできるのに、二人の空気がそうさせてくれない。
完全な部外者である緑間と高尾は、つまりただの痴話喧嘩かと思いながらも、お互いにどうしたものか考える。
普段ならそんな気を起こさない緑間でも、そう思うくらい事態は深刻のようだ。
一息吐き、緑間が口を開く。

「まぁ…なんだ、試合中の流れならば多少は許したらどうなのだよ。熱くなってしまっただけで他意はないだろう」
「そうそう!よくあることだって!真ちゃんだって誠凛との試合中はずっと黒子のこと考えてたし、合宿なんて黒子だけじゃなくて火神にまで助言した…り…」

明るく場を盛り上げていこうとした高尾の声が段々と小さくなる。
不審に思って皆が高尾を見ると、表情まで暗くなってきている。
緑間は嫌な予感に頬を引き攣らせた。

「そう、だよな…真ちゃんってずっと黒子ばっかり気にして…。黄瀬との試合も行ったしな、しかも俺置いて。そいや負けた後に青峰と電話したんだっけ?で、決勝リーグも黄瀬と一緒に見ちゃってさ、俺には嫌ってメールしか寄越さなかった癖に……何だ?真ちゃんはつまり中学メンバー大好き?ふーん、そう、へー…この馬鹿眼鏡!」
「便乗するなっ!」

藪を突いて蛇を出す。
青峰と黄瀬にとっての救世主はそんなものではなく、ただ事態を悪化させる要因にしかならなかった。
落ち込む高尾に若松と黒子が慰めの言葉をかける。
しかしそれは慰めと言うよりは、自分の恋人の愚痴と言う方が正しい。
膨れ上がる負の空気に、青峰、黄瀬、緑間の3人は後ろを向き顔を寄せ合う。

「お、お前らのせいなのだよ…っ」
「緑間が余計なこと言ったからだろ、自分の恋人の性格くらい把握しとけよ!」
「そっスよ!高尾っちが向こうに傾くのなんて解りきったことじゃないスか!」
「なら最初から呼ぶな!大体お前らが…」

会話の内容は不毛な責任のなすりつけ合い。
けれど、その様子は過敏になっている3人には神経を逆撫でするものでしかなく。

「本当にお前らって」
「すっごく仲が」
「いいんですね」

地獄絵図を拡大させることとなった。

この空間が崩れるのは、痺れを切らした青峰が大声で若松に対する愛を叫んだときになるのだが、それはまた別の話。

END

::::
キリ番7777を踏んで下さった弥子様に捧げます!
ドタバタ(?)ギャグで、最後に青若で閉めているようないないようなどうなのか、という感じになってしまいましたが…だ、大丈夫でしょうか?

リクエストありがとうございました!
よろしければお持ち帰りくださいませっ。

100717

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