黒子

□今の話
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買うつもりはなかった物を買ってしまうことはよくあることだと思う。
だけど。

「……これは、さすがに」

買ってはいけない気がする。
本屋の一角。
普段なら縁のない芸能書籍のコーナーで、かれこれ30分近く黄瀬くんの写真集と睨めっこをしていた。
こういうときは自分が目立たなくてよかったと心底思う。
写真集が出ていることは知っていた。
彼から何度も聞いたし、学校で広げている女の子たちもいたから。
いらないと断り続け、興味を抱いたこともそんななかった。
なのに、今はどうしたことだろう。
ものすごく、気になる。

「…ちょっとだけ」

ちょっと見るくらいならいいだろうか。
大丈夫。誰にも気付かれていないし、もし気付かれても下手に反応しなければ何も思われないはずだ。
写真集を手にとって、1ページ目からそっと捲っていく。
モデルらしくポーズを決めているものから、ご飯を食べていたり動物と戯れていたりと日常風景のような色々な黄瀬くんがそこにはいた。
笑顔だけでなく真剣な表情もあって、少しだけ驚く。
普段あの笑顔と少し情けない顔ばかり見ているからだろうか。
驚きと、少しの違和感。
真剣な表情に違和感というのも失礼かもしれないけれど、普段が普段だから仕方ないと思う。
あ、バスケしてるのもある。
これには違和感は抱かなかった。
試合中の真剣な表情はよく見ているし、黄瀬くんらしいと思った。
写真集を閉じてさっきまでと同じように表紙を見る。
…あれ?
表紙の笑った顔にどこか違和感を感じた。
中を見る前と何が変わったわけでもないのに胸に広がる違和感。
もう一度ページを開いてみる。
やっぱり少し違和感がある。
真剣な顔に抱いていたと思った違和感は笑顔にもあったらしい。
いつもと同じ笑顔だと思うのに、どうして?
首を傾げてみても理由はわからない。
でもそんな意味のよくわからない感情を抱くなら、買わない方が正解じゃないだろうか。
うん、それがいい。
別に僕は買うつもりはなかったんだし。
早く戻して文庫本を見に行こう。
それで…

「お買い上げありがとうございましたー」

その、はずだったのに。

「なんで僕は買ってるんでしょう…」

写真集の入った紙袋にため息を吐く。
本屋に入ったときは買うつもりなんて一切なかったのに…。
持っていたって多分何度も見るようなものじゃないだろうし、変な違和感はあるし。
それに本人に見つかったりしたら、絶対に抱き着いて離れないに違いない。
…まぁ、それは嫌じゃないですけど。
でもいらないと断った物をわざわざ買ったなんて知られたくない。
ああ、もう。
どうして買ってしまったんだろう。
こういうときに限ってタイミングよく黄瀬くんと会ったりする気がする。

「黒子っち何買ったんスか?」

タイミングとかそういう問題じゃない。
後ろから顔を出した黄瀬くんに驚いて、思わず距離を取ってしまった。
黄瀬くんはそれにショックを受けたらしく、少し情けない顔で僕を呼ぶ。

「突然出てこられたらビックリするに決まってるじゃないですか…」
「そっスけどー…そんな慌てて離れなくても」

傷つくー、と口だけではなく本当に落ち込み始めた黄瀬くんにそっと近付く。
そうするとついさっきまでの暗い空気はどこに行ったのか、今度は嬉しそうに笑って僕を呼ぶ。
あまりにも嬉しそうなので、僕もつられて笑ってしまう。
……、…あれ?

「黄瀬くん」
「ん?どうしたの?」
「今笑ってますよね」
「そりゃ黒子っちと一緒にいるから!」

胸を張って言い切って、黄瀬くんはまた笑う。
どうしてだろう。
この笑顔には違和感がない。
写真集と同じ笑顔なはずなのに。

「僕といなくても笑ってると思いますけど」
「違うっスよー。黒子っちのと他の人へのは全然違うんス」
「え?」
「だって黒子っちは好きな人だから」

自然と違うものになる。
そう言う黄瀬くんはずっと笑っていて、僕は胸がきゅっと縮まるのを感じた。
心臓の鼓動がハッキリと聞こえてくる。
体温も上がっているかもしれない。

「…黄瀬くん」
「んー?」
「今の笑ってる顔、好きです」
「俺も黒子っちのこと大好きっス」

僕は顔が好きとしか言っていないのに。
どうして黄瀬くんは恥ずかしげもなく言えてしまうんだろう。
持っている紙袋に目を移す。
今までわからなかったことに気付けたから、買ってよかったのかもしれない。
本人には言わないという気持ちは変わりませんけど。
でも。

「黒子っち?」
「……気にしないでください」

空いてる手で黄瀬くんの手に触れる。
これで少しは気持ちが通じたらいい、なんて。
きっと黄瀬くんには、そんな気持ちも見え見えなんだろう。
好きな笑顔で手を強く握り返してくれた。

END

::::
黒子視点の黄黒っていつも以上に難しい気がする。
次は中学時代でその次は未来捏造の予定、…予定。
きっといつか←

100806

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