黒子

□気付けなかった、こんなこと
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気付けないことがあった。

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どのくらい沈黙が続いているのだろうか。
時間にしたらほんの数分しか経っていないはずなのに、二人には何時間にも感じられる。
そして、沈黙を破ったのは高尾だった。
苦しそうに目を閉じ深く息を吐いた後、いつもの笑顔でこう言った。

「何だよ真ちゃん!いくらなんでもやりすぎだって。怒鳴った俺も悪かったけど、そんな怒んなよなー」

いつもの笑顔、けれどどこか不自然な笑顔に緑間が気付かないわけも、自分の告白をはぐらかせるわけもなかった。
笑いながら背を向けようとする高尾の肩を掴みそれを制する。

「高尾、ふざけるな」
「ふざけてねーし…冗談言ってんのは真ちゃんだろ」
「冗談などではない。俺は本当に、お前が好きなのだよ」

何故ごまかす、と見つめてくる緑間に、先程と同じように笑顔を作ろうとした高尾だが、うまくできずに顔がくしゃりと泣きそうに歪む。
泣いてしまうのかと緑間が肩を掴んでいた手の力を緩めると、その手を取られ肩から外される。

「緑間…」
「…なんだ」
「俺、嬉しいよ。緑間が本当に俺のこと好きなら、すっげぇ嬉しい」

だけど、と一呼吸置き、言いたくないと、しかし言わなければならないと震える声を絞り出す。

「全部、勘違いだ」
「な…」
「お前が俺を好きなんて、そんなこと…ありえない」
「高尾…!」
「っ俺が気付かないわけないだろ!」

詰め寄ろうとする緑間から離れ、高尾は声を上げる。
一度抑えていた感情が溢れてくるのを感じ、再び抑えようとしてもうまくいかない。
高尾は溢れ出す感情のままに続ける。

「お前がどんな顔して俺のこと見てるか、誰と重ねてんのか…俺が気付かないと思ってたのかよ!」
「違う、それは!」
「違わないだろ!それともなんだよ、どんな目をしてるかわかってねえのかよ!ふざけんなよ!それで俺がいつも…いつもどう思ってたか…お前に…笑ってたか…」

わかんねえだろ…、と消え入りそうな声で言い、その場にしゃがみ込む。
膝を抱えて震える高尾に緑間は何も言えない。
何か言わなければいけないことはわかっているのに、言うべき言葉が見つからなかった。

「高尾…」

ただ名前を呼ぶしかできない。
それでも何もないよりはマシだと呼び続ける。

「もうやめろよ…」
「高…」
「頼むから、これ以上…惨めにさせんな…。もう期待なんかしたくないんだよ…なんで、なんでお前なんかが好きなんだよ…っ」

ぎゅっ、と緑間は高尾を抱きしめた。
抱きしめた本人は動かないと思っていた身体が勝手に動いたのだから、抱きしめられた高尾よりも驚いていた。
だがこの行為が間違いだとは思わなかった。
これが最後のチャンスだ、と何かに押されるように緑間は抱きしめる力を強めて話し出す。

「確かに、お前と黒子を重ねたことは何度もあるのだよ。お前は違うと否定したこともある」
「なら…っ!」
「お前が、離れていったらと思うと怖かった」
「……、なに言って?」
「お前と黒子は違う、それはわかってる。だが…もしも同じように姿を消したら、そう考えたら怖くて堪らなかった。何度も何度も喪失感に襲われて、その度に否定してきた」

ゆっくりと感情を吐露していく緑間に、徐々に高尾の抵抗が弱まっていく。

「お前、何言ってんだよ…。そんなの、」
「馬鹿なことを言っているのはわかってる。それでもそう思っていた」
「なんで…」

その言葉に緑間は高尾から身体を離し、しっかり目を見つめて答える。

「さっきも言ったはずだ。お前が、好きなのだよ」

すき、と言われた言葉を頭の中で繰り返す。
散々否定してきただけに、受け入れることは容易ではなかった。
信じたい気持ちと否定する気持ちが高尾の中で激しくせめぎあう。
そんな高尾の気持ちを理解して、緑間は待つ。最後に一つだけ、付け加えて。

「…お前が信じられない気持ちもわからなくもない」
「違う!ちょっと待」
「いいから聞くのだよ。だからすぐ信じろとは言わない。けどお前は…俺がこんな時に嘘を吐く人間ではないとわかっているはずなのだよ」

また沈黙が落ちる。
沈黙を破ったのは今度も高尾で、しかし先程とは違いそれは明るいものだった。

「なっんだそれ!あはははは!真ちゃんらしいっつか…あはは!」
「…笑いすぎなのだよ」
「仕方ねーじゃん、もう無理笑い止まんねー!」

高尾は腹を抱えて満足するまで笑い続けると、目尻に浮かんだ涙を拭い緑間に向き直る。
その顔には久しぶりに見る、いつもの高尾の笑みが浮かんでいた。

「そだな、俺の知ってる真ちゃんはそんな嘘つかないな」
「…ああ」
「ごめんな、真ちゃん」

ありがとう、好きだよ。
そう続ける高尾を自分の意思で力強く抱きしめる。
痛いと小さく笑う高尾を見て、緑間は全身の緊張が解けていくのを感じた。
そして自分の中で彼の存在がどれだけ大きかったのか改めて実感した。

「…俺も悪かったのだよ」
「うん、お互い様だな」
「…好きだ」
「俺も好きだよ」

大好きだ。

言わなければ、言われなければ、気付けないことが沢山あるんだ。

そう心に刻んで、二人は微笑みあった。

END

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お、終わった…!ちゃんと終われてよかった…。
仲良く帰って次の日に宮地先輩ににやにやされるといいと思います。

100214


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