黒子
□二人の場所
1ページ/1ページ
広げられた腕に戸惑ったのは最初だけだった。
今ではもう定位置のような、そこにいるのが普通のような感覚になっている気がする。
「火神くん」
「おー」
「眠いんですか?」
「おー」
声をかけてみれば、彼は眠りの世界へと船を漕ぎ出していて、まともな返事は返ってこなかった。
これももう慣れたもので、ならばと読みかけの本を開く。
火神くんが眠って僕が本を開く、これがこの体勢でいるときのお決まりのパターンだ。
お決まりになったのは、いつのことだったか。
開いた本を閉じ、すぐ傍にある火神くんの顔を伺う。
付き合い初めてすぐのことだったと思う。
火神くんの家にお邪魔してー一人暮らしには驚いたー他愛ない話をしていると、ベッドの上に座っていた彼がふと言ったのだ。
来いよ、と。
自分の、胡座をかいた脚の上を示して。
そう言われてすぐに実行できる行動力は僕にはなくて、恥ずかしさやら何やらで戸惑っていたら、焦れた火神くんに腕を引かれて後ろから抱きしめられる形で脚の上に座ることになった。
このときの僕は耳まで真っ赤になっていたらしい。
しばらくその事についてからかわれて、落ち着くとまた他愛ない話で笑いあって、少し沈黙を楽しんだりして、気付いたら火神くんは眠ってしまっていた。
驚いた。
別に「僕といるのに寝るなんて酷い!」なんてこれっぽっちも思ってはいない。
ただ純粋に、いくら火神くんの寝付きがいいと言ってもそんな短時間で眠れたことに驚いた。
そして体勢にも慣れて特に慌てる必要もなくなった僕はすぐ傍に置いてあった鞄を引っ張り、火神くんが起きるまで中に入れておいた本を読むことにした。
それ以来、二人きりになると自然とこの体勢でいるようになった。
「…それにしても、本当によく寝ますね」
3、4回続いた頃にさすがに心配になって、もしかして寝不足なのかと聞いたことがあった。
しかし返ってきた答えはそれとは全然違うもので、曰く「お前とこうしてると落ち着いて寝ちまう」だそうだ。
思い出すと、今でも少し恥ずかしい。
けれどそれ以上に嬉しい、と感じる。
「僕だって、君とこうしていると落ち着きます」
そっと寄り掛かり、胸元に擦り寄る。
確かに伝わる体温と仄かな香りが、僕を何よりも落ち着かせる。
君もこうだったらいいのに、なんて。
「おやすみなさい」
たまには僕も、この空間で眠りたいと思います。
END
::::
多分ちゅーもまだなプラトニックな関係な二人。
100421