黒子

□嫉妬したり、
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俺と高尾が付き合うことになったからと言って、それを公にすることなどない。
だからこのような会話がされていても、それに干渉することなんてできるはずがなかった。

「バスケ部の高尾くんさ、カッコイイよね〜」
「女の子にも優しいもんねー、頑張ってみちゃえば?」
「みんな応援するよ!」
「ま、待ってよまだ好きって訳じゃ…っ」

女子たちの場所を弁えない会話に苛々が募っていく。
大声で話しておいて、何が内緒にしておいてなのだよ。
女子たちの口から高尾の名前が聞こえるだけでも苛々し、気安くアイツの名前を呼ぶなとまで思ってしまう。
そして、そんな感情を抱いた自分に戸惑いを覚える。
自分がここまで心が狭いとは今まで思ったこともなかった。広いとも思っていなかったが。
開いただけで集中できない本のページに目を移す。
思った通り内容は何一つ入ってこない。
それ以上に文字を追うことが面倒になってくる。
一息吐き、本を閉じる。
苛々と何とも言えない気分の悪さに舌打ちをしたくなった。
高尾といると自分のペースが保てない。
付き合い始める前から思っていたことだが、最近はどんどんエスカレートしている。
あの頃とは少し違う感覚だが、どちらにしろ高尾によって自分のペースを乱されているのは事実だ。
今の状況にしたって付き合い出す前だったら何も気にならなかったはずだ。
そうだ、全てはアイツが原因だ。
ヘラヘラ笑って調子いいことばかり言っているから、その気がなくとも勘違いする輩が出てくるのだよ。
女子への苛立ちが高尾への苛立ちに変化していった頃、後ろから伸びてきた手によって眼鏡を取られる。
誰が、など確認する間でもない。

「高尾…」

俺にこんなことをするのは、こいつくらいしかいないのだから。
後ろをジトリと睨みつければ、ぼやけた視界でも高尾がいつもの笑みを浮かべていることを確認できた。
小さく笑い声を漏らして高尾は前の席の椅子を引いて我が物顔で座る。
それと同時に、俺に眼鏡をかけてきた。
ハッキリとした視界で見えたいつもの笑みに、何故か小さく息を吐いた。

「ビックリした?」
「誰がするか。こんな馬鹿なことお前しかやらないのだよ」
「ふーん?そりゃいーや」
「何がだ」
「何だと思う?」

机に頬杖を付き、わざと上目遣いになるようにして見上げてくる。
その楽しそうな表情に釣られて気分が僅かに緩みかけたが、女子たちの高い声が耳に入ってきた瞬間に緩みかけていた気分が完全に固まった。
空気の変わった俺に気が付いたのか、高尾は周囲に視線を巡らせる。
そしてある一点に目を留め、酷く嬉しそうな顔を俺へと向けてきた。

「……何なのだよ」
「いやー、真ちゃんの愛を感じたって言うの?」
「…ふざけるなよ」
「ふざけてないから。本当、真ちゃんってさ」

席から立ち俺の耳に唇を寄せて、一言。

「俺のこと大好きだよね」

時が止まったような気がした。
予期せぬことを言われたからか、図星を指されていたからなのか。
反論も何もできずに固まっていると、調子に乗った高尾が後ろに回って首に腕を絡めて抱き着いてくる。
端からはふざけてじゃれついているように見えるかもしれないが、コイツはそんなつもりでやっているわけではない。
甘えるように身を寄せ、また耳元で囁く。

「俺も真ちゃん大好きだから、気持ちはわかるけど」
「…おい」
「知ってる?真ちゃんって結構モテるんだぜ?」

顔だけはいいもんなー、と失礼極まりないことを言ってくる。
苛立ちがぶり返してきたので、高尾に顔を向けてみれば。

「俺だっていつも嫉妬してんだから、……ん?」

あと少しで触れ合ってしまうような距離に高尾の顔があった。
しかも高尾は先程よりも嬉しそうな顔をしていた。
その顔に胸の奥が熱くなるのを感じ、引き寄せられるように手を伸ばす。

「真ちゃん…?」
「高尾」
「何…ぎゃっ?!」
「ふん」

額を力を込めて弾いて身体を引きはがす。
うっすら涙を浮かべて文句を言っているようだが無視をする。
ざまあみろ、なのだよ。
今までの気分は嘘のように消え、とても爽やかな気分だ。

「ちょっと真ちゃん!いきなり何すんだよ!」
「自分で考えろ」
「調理実習迎えに来てやんねーからな!」
「とか言っておきながらいつも勝手に来るだろう」
「うぐ…っ」

言葉に詰まる高尾に更に気分がよくなってきた。
言い返すのをやめて拗ね始めた高尾を一先ず放置して、ずっと感じていた不快な視線へと顔を向ける。
そこにいるのは高尾について話していた女子たち。
コイツは俺のなのだよ。
心の中だけでそう呟いて睨みつける。
すると何かしらの雰囲気を感じとったのか、女子たちはそそくさと自らの席へと戻って行った。
俺は今、ここ最近で一番清々しい気分かもしれない。

「おい、高尾」
「なんだよ下睫毛ー」
「……お前など授業に遅刻してしまえ」
「やっべ!ごめん真ちゃん嘘だから、嘘嘘!ちゃんと次も来るし!」
「別に来なくていいのだよ」
「真ちゃーん…」

謝ってるんだかよくわからない高尾を軽く突き放せば、情けない声と表情が返ってくる。
全く…。

「来なかったら俺が迎えに行くのだよ」

コイツは、本当に。
何が「俺のこと大好きだよね」だ。
お前こそ人のことを言えるのか。
満面の笑みで大きく頷く高尾に、そう言ってやりたい。
だが言ったらコイツは確実に、今と同じように恥ずかしげもなく言うのだろう。

「真ちゃん大好き」

本当に、どうしようもない奴だ。
赤くなりそうな顔を隠し、さっさと戻るように促す。

関係を公にするつもりは一切ない。
したいとも思わない。
けれど。
このどうしようもない奴を独り占めしてしまいたいと思うのは仕方ないことだ。
どうしようもないくらい、俺は高尾が好きらしいと改めて実感してしまった。

END

::::
緑高の日おめでとう!そのいち。
うちの緑間は高尾がめちゃくちゃ好きなようです。

100610

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