リクエストBOX
□時雨に見つけた
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個室の中には火鉢が用意してあり、男はその横にドスッと座る。
女将さんが先ほど食べかけだった物を運んでくれ「ごゆっくり」と言って障子を閉めていった。
しばしの沈黙………。
「お前……名は?」
「葛葉……ですけど」
火鉢には当たりたかったが、男に近付くのは危険のような気がして数歩下がった所で正座した。
「葛葉……とにかく火に当たりやがれ」
(命令か……?)
ゆっくり男に近付き火鉢に手を翳した。瞬間、男に腕を引っ張られ気付けば胸の中に引き寄せられていた。
「なっ////!んっ……」
突然塞がれた唇……柔らかいような力強いような口付けは少し隙を見せる度に暖かい物を中に招き入れた。
一瞬で酔わされた……この男に―――。
ゆっくりと外れた糸紡ぎを名残惜しそうにそっと離れた。
まだ葛葉の息は荒く、それを見て嬉しそうな顔をする男
「雨なんて酒の肴にしかならないと思っていたが…いい見つけ物をした」
「あの……私…貴方の名前…知らない」
「比古…比古清十郎だ」
「比古…さん?」
「呼び捨てでいい。惚れた女に敬語使われるのは好きじゃない」
「はい?」
比古立上がり窓を開けると、外を見るとまだ灰色の空から雨が絶え間なく降っていた。そこへどこから持ってきたのか酒瓶と杯を2つ…二人の間にドカッと置いた。
「酒はいける口か?」
「嗜みぐらいには…」
比古は杯を葛葉の手にポンッと乗せ酒を注いだ。
透明に澄んだ酒は、見ているだけでも惚れ惚れする美しさだった。
「めったに買えない幻酒だ。どうせ雨が止むまではここから動けない、どうだ?時雨を見ながら飲むのもなかなかいいもんだぞ」
半信半疑で飲んだ酒は、喉を心地よく通り、体に染みていく……。
「美味しい……」
この時から見つかった……私の居場所が。
でもこの時の私には知るすべもなくただただ驚きを隠すのに必至だった。