西浦

□鳴き虫/泉と栄口
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「あー暑っちぃ」


「ほんと。今日の暑さは拷問に近いよね。足からジリジリくる」


「…ったく、自分らのアイスくらい自分で買えよな。誰だよ、最初この提案したの」


「……ハハ」



日中で1番暑いと言われる昼食休みに俺と泉は熱を吸収しまくったコンクリートの上を歩いていた。

夏休みの練習で昼食と仮眠の貴重な休み時間帯に何故俺らが歩いているのかというのは、じゃんけんに負けたから。


各自持ってきた弁当だけじゃ足りない俺達が、夏休み期間中だから売店も空いてない中で食料を得るにはコンビニに頼るしかないのは分かってるのだが……この猛暑の中、しかも午前練でさえ駆使しまくった体を動かすのはしんどいもので 皆じゃんけんに有り得ない程真剣に行う。


見かねた篠岡が用意するよって提案してくれたが、今でもかなりの量を働かせてんのに悪いだろって花井の言葉に俺達は全員同意した。


それで負けたのが今回は俺と泉で。


(確か最初に提案したのは田島と泉じゃなかったけ)とは言わずに隣で暑さに苛立ってる泉とカゴに入ってる大量の食料が入った、暑くて座れなくなった自転車を押しながら学校に続く坂道を歩いて帰ってる時のこと。




「おーおー蝉がすっげぇ鳴いてんな。俺これ聞くと暑さ倍増しちまうんだよな。昔っから。」



「分かるよ。夏って言えば蝉取りだもんね〜懐かしいなぁ」


「だよな〜俺もちっせぇ頃よく兄貴と取りにいってお袋に怒られたっけ。」


「あ〜あれ家のもんにしたら大概迷惑だもんね。俺ん家も今、弟がよく取り行ってるから分かるよ。楽しそうにしてるから文句は言えないんだけどね〜」



蝉の声がまた一段と大きくなり、暑さが上昇してるのを知らせてくれてるような気になる。


「あ〜煩せぇ。ばてるぜチクショー」



「もう少しだよ、泉。
……俺はさなんか蝉の鳴き声ってなんか切なく感じるよ。」


「は?なんで??」


「ん〜なんかさ、一生懸命鳴いてんじゃん。
蝉ってさ確か夏にしか生きれないだろ?
せいぜい一ヶ月。
なんか切ないじゃん。」



俺の言葉に泉は「そっか〜?」っと答え少し考えこんだのを見て俺もさっきからずっと鳴いてる蝉に目を向けた。


「蝉みてたらさ、なんか三橋が出てくんだよね。」



「は?三橋?」


「うん。まぁ正確に言ったら『中学の三橋』だけど。」



「……」


中学の話を聞いてどのくらい経ったのだろうか。
三橋が三星で独りぼっちだったこと。
誰も頼る人なんていなくて、三橋自身から誰かに頼ることを拒否してた…ほんとに悲しい過去。


空気のように

透明人間のように


さも始めっから三橋がそこにいなかったみたく。


マウンドしか居場所がなかった三橋。


きっと泣くことすら出来なかったんじゃないだろうか。



「…だからかな。あの時の三橋が蝉のように鳴いてたら…って思っちゃうんだ。」


一人で縮こまって泣くんじゃなく、
もし少しでも三橋が『ここにいる』って示してくれていたら…


あいつらばかりじゃなく俺達みたいな奴らだってもしかしていたかもしれない。叶だっていたんだから…


あの頃の三橋が野球部だけに囚われることはなかったんじゃないかな。


「…蝉が一生懸命鳴く姿をみてるとなんだか三橋が誰かに気づいてほしくて一人で泣いてるみたいで………………ってうわ何、冷たッ!!」


考えこみすぎて泉が頬にあてたキンキンに冷えた飲み物に大袈裟なくらいに反応してしまった。



「アハハハハびっくりしすぎだろ!!今の栄口の顔、、っぷぷ後で皆に言ってやろ〜」


「泉〜」


「なんっていうかさ栄口は考えすぎ。
それはお前のいい所でもあるけど考えすぎて暗くなってしまったらいけねーだろ。」



痛い所をつかれて反論が出来なかった。
泉はよく人を見ていると思う。
さりげなく相手をフォローしたりするし、言葉とか態度は冷たい感じがするけど見放したりしない。

今だって・・・



「蝉ってさ成長すんだぜ、知ってた?
どれも一緒みたいに見えるけど一羽一羽鳴き声違うらしぃしさ。
中学の頃の三橋は確かに我慢してただろうな。
でも大事なのは今だろ?

西浦に来てよかったって笑ってんじゃん、そっちの方が大事だろ。

蝉の鳴き声が三橋を思い出すってんなら、今鳴いてんのは泣いてんじゃねぇぜ、きっと。
三橋の居場所はもうあるしな、
俺達がその声に気づいてやれるんだし。」


なんだかびっくりした。まさか泉がこんなこと思ってるなんて。三橋のことだからと思うけど、これが水谷とか浜田さんだったら普通に鳴いててもスルーする泉が目に浮かんで笑えてくる。



「ふっ」


「…っ何だよ」


「別に〜。あーでも悔しいな。泉にフォローされるなんて俺もまだまだだなぁ」


「何かムカつくんだけどその言い方。ったく、栄口ってほんと三橋のこと考えてるよな。」


「まーね。だって好きだもん。泉もだろ?」



「あー…まーな。」



「急ごっか。三橋のアイス溶けてるかもしんないし」


「田島にベタベタされてるかもしれねぇしな。」




暑かったけど我慢して自転車に乗った俺達は残りの坂道を登りきる為ペダルを踏み込んだ。






猛暑の中蝉の鳴き声は相変わらず忙しなく鳴いている。


--俺はここにいるよ--


自分を誇示するかのように一生懸命に鳴く蝉の声。


三橋もそうなればいいと思う。
一人で縮むんじゃなく、寂しい時は寂しいって
悲しい時は悲しいって
大声で。


きっと俺達はどんなに小さく鳴いてても気づく自信はあるけども・・・


三橋から安心して鳴けるように。


そんで俺も、その鳴き声が『泣き声』じゃなく『笑い声』に成長しててほしいと蝉の声を聞きながら思った。


----もう一人じゃないよ、っと。





→end
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