dream


□ダイビング、君の国
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「コラ財前!人が話してるときくらいイヤホン外しいや!」
「……」


我等が2年生エース、財前光は、登下校中イヤホンを必ず外さないらしい。



友人と歩いていようが
先輩と歩いていようが
親といようが誰といようが

怒られようが疎まれようが。


彼のよくわからない硬い意思は、彼がイヤホンを外させないようにしている。


誰にも触れられない何かがこのイヤホンの向こう側にあって、
イヤホンの壁を越えることは誰にもできないのかもしれない。

とりあえず、彼の一番の先輩である忍足謙也には完全に入り込む余地がないらしい。


「〜〜〜むかつくわー!あいつ!」
「まぁまぁ」
「白石もなんか言ってやってや!」
「……ええやろ、謙也、ほっときいや」


まるで世界を遮断しているようだ。
このイヤホンの向こう側にある世界、誰にも入らせない財前光の世界があるのなら、
その壁を突き破ることは無粋だと思われた。

頑なにひたすらに無言を貫き通し、
自身の世界に没頭する彼は協調性に欠けてるにしても美学的だった。
彼が貫き通す何かが奇麗に見えた。








「なんや、あれ」

思わず口にでた言葉は空に消えたが、俺の目に映るものは消えなかった。
財前が女の子と歩いていた。

(今日は部活あらへんからな、下校中か?)

財前に彼女がいたことは初耳だが、そんなことよりも、
彼がイヤホンを外していることにただ驚いた。


「朝ごはんは米だって言ってんじゃん!」
「いーや、パンや」
「きぃ!この西洋被れが!斬りおとしてくれる!」
「わけわからん」


話している内容は大概的外れなものだったが、そんなことはどうでもよかった。


彼は今まで破らなかった壁を、今この瞬間、あの女の子のために破っていた。
誰もが打ち崩せなかった壁を、あの女の子が崩していた。

彼が彼女の話を聞くために、そして彼女と話すために、
彼は彼が持っていた貫き通していた何かを排したようだった。

あの女の子は、唯一許されたようだった。
財前光の「中」に入ることを。



「白石ー!何してん?」
「謙也」
「ん?あれって……ざい」
「謙也もう帰りか?一緒帰らへん?」
「お?お、おう、それやか、あれって」
「ええからはよう帰ろうやー」



彼が手に入れた安らぎと幸せと彼の世界に入り込めた優しいひとのために、
この瞬間の平穏くらいは守らなアカンと、らしくもなく後輩を想った。






(ひとりだけ許した)(俺の可愛いこの子だけ)














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