dream


□振り返れば愛
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「美術館行きたいな」

なんで美術館。
中心街に出たいとか、遊園地行きたいとか、偶然の休日部活オフ(オサムちゃんの競馬)で久しぶりの休日デートだったから、金のかかるところせがまれるかと思ったけど。

「ここ、ここ。……ほら!見てったら!……ここね、ヨーロッパの姉妹美術館からシャガールの作品をお借りして期間中特別展示するんだって」

だから行きたい、とにっこり笑った彼女は、とても楽しそうに駅前で配っていたという美術館のチラシをひらひらと見せた。
『学生入場料400円、このチラシを見せれば100円引き』?
安上がりやなぁ。

「っちゅーかシャガールって誰やねん」
「えー?英語の教科書でシャガールの絵の英文載ってたじゃん、絵付きで。忘れちゃった?」
「……あー……そういやそうやなぁ」
「わたし、あの授業でやってから何気ファンなの」


くくく、と喉を鳴らして笑うから、しょうがない行ってやるか、と思う。
なんだかんだで、俺は結構こいつに甘い。










「『マルク・シャガール、1887年7月7日生まれ、ロシア出身』……光と同じ誕生月だね」
「……それがなんや」
「反応薄っ」
「どうリアクションとれと……同じ誕生日やったらまだしも」
「大阪人なのに!」
「関係あるようで無いで、それ」




チケット受付で渡された小さなパンフレットを高く持ち上げて読み上げる彼女は、俺の(薄い)反応にぶーたれたが、それでも嬉々とした表情は、見てるだけで居心地がいい。(絶対口にださへんけど)



美術館に行くから、と何を張り切ってみたのか、今日の彼女は珍しく膝上丈の茶色と赤のチェックのワンピースに、デニールの低い黒タイツ、白のパンプス、それにミルク色のボレロを羽織りの(彼女曰く)お嬢様スタイルだった。




「……ちゅーか、なんやそのカッコ」
「え?え?え?かわいい?」
「まだ何も言うてへんで俺」
「ドキドキ?ムラムラ?」
「うっざっ!」




腕にひっついてきた彼女を払うけど、それでも彼女はにやにやした笑いを抑えられないのか両手で口を押さえて体を震わせていた。
……そーや、かわえーっちゅーねん。悪いか!


「光は今日もかっこいいね!」とまた引っ付き寄ってくる体を突き放したが、「照れ屋照れ屋」と何度も連呼するから放っておいてそのままにさせとけばよかったと軽く後悔した。騒がしいからさっきから振り返られてんやけど、周りから。ここ美術館やから。




「あっ、シャガール展あっちあっち」



慣れたように絡めてきた手は、今度は弾かなかった。
代わりに強く握る、この手の体温が凄く好きだ。













「この絵知っとる」
「だから教科書載ってたじゃん」
「……」
「光って頭いいけど頭わるいよね」
「どういう意味やコラ」
「にらまないでよー」




静かだった。
ただのんびりと、彼女と二人でゆっくりと美術館の順路を巡っていた。
手をつないで。


本当に、本当に他愛もなかった。会話が。
ゆったりと流れる時間が、いつもの俺には似合わないのに、今はとても心地よくてむずかゆかった。

……なんでこんな幸せなんやろ。ええんやろか。
この幸せを恵まれない子供達に分けるべきなんじゃないだろうか。
真剣に考えてみる。

……やめた、アホらし。
この幸せは俺が掴んだ俺だけのもので、俺だけが享受できるものであって、っちゅーかこいつが惜しみなく渡すものはいつも俺が掴んでおきたい。




「あっ」
「どした?」
「しーっ、しーっ」



曲がり角を曲がりかけたところで、彼女が慌てたように俺の腕を引いて順路を戻った。
ほんのり頬が赤いからなんだろう、と壁際から除こうとしたけど止められた。
見れなかったことに不服な顔をしたら、彼女は照れたように笑って、



「カップルカップル」



ああ、となんとなく気まずく納得して、その場を通らない別のルートを通ることにした。
恥ずかしかったからなのか、先頭を切って歩くのは彼女のほう。
耳をかすかに紅くしているのを見て思う。


……他人のラブシーンを見て照れるなんて、可愛ええやん。
いつもは冗談交じりの言葉ばっか言いよるくせに。

抱きしめたくなった衝動については内緒。
言いたくない。




「あ……『恋人たち』だって」
「俺たちやん」
「私こんなに優しそーうに抱きしめられたことありませーん」
「……ほんま、ああ言やこう言う……」
「だってほんとだもん。あー、恋人っぽーい」
「……じゃ、する?」
「なにを?」
「恋人らしーこと、を」




頭一個分違う身長の彼女の顔へ、覆いこむように自分の顔を近づけた。
あ、ええ匂いする。
ふわって。
シャンプー変えたんやろか。
くん、少しだけ匂いを嗅いで、ひっ、と首をすくめる彼女の額に、ちゅっ。




「光……バっカ!」
「なんや、でこにちゅーだけで騒がしー」
「人前だってば……」
「燃えるやん」
「だーまーれー」



俺が抱きしめた腕の中でもがく彼女はちっこくてかわいい。
胸をどんどんとたたかれるけど、ちっとも痛くない。
っちゅーか、かわええだけ。

もういっかいだけ、今度は頬に。
そしたらいよいよ今度は突き飛ばされた。
お前……仮にも彼氏である男に、なんて仕打ちを。



「……美術館という神聖な場所でなんて不純なことを……!」
「神聖って……っちゅーか、不純ってなんや不純って。キャラ変わっとる」
「シャガールの絵が見ているというのに!」
「意味わからん」
「あー恥ずかしい!」



頭抱えて、彼女はまた、恥ずかしさに照れてすたすたと先に歩いて行ってしまう。こいつ。
手をつないだり体をひっつけたりするのには慣れっこなはずなのに。
なんでキスになるとこんなになる。
俺だって譲歩した。至極譲歩した。
でこちゅーにほっぺにちゅーやで?
口やないんやで?
そない簡単なこと、幼稚園児でもできる、もはやキスとも言えるかわからんシロモノのちゅーで、やで?
俺にどんだけ我慢させる気や。
っちゅーか、周りにあるシャガールの絵のほうが、俺のこのかっわええちゅーより刺激的やろうが。
お前はそんなシャガールの絵が好きなんやろーが。
ますます意味わからん。




「光!この絵すてき!」




と、ちょっとむらむらしたけど。
ってか、しょっちゅう悶々とさせられるけど。
結局あいつはけろっとして、またあの笑顔を俺に向けてくるから、
まぁいいか、て、思う。














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