dream


□ビューティフル・クラッシャー
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屋上に足を踏み入れるのは、珍しいことじゃなかった。
光のお気に入りが屋上だってことを知っていたから。
わたしは彼に会いたくて、よく屋上に行っていたから。



最近彼の様子がおかしいことをわたしは知っていた。
なんとなく情緒不安定で、機嫌が悪くて、大好きなテニスをしていても、顔は不躾なままであることを、わたしは気づいていた。

廊下でたまたま、光の担任が光を探しているのを知った。
進路希望書をまだ出していないらしい。
わたしはきっと彼は屋上にいるだろうとなんとなく思った。



屋上までの階段を上るのは嫌いだった。
光がいるかと思うと、胸が苦しくて苦しくて、しょうがなかったから。
でも、今日もわたしは階段を上ってる。
何でもいいからどうでもいいから、光に、会いたかった。




「光」




名前を呼んでも返事はなかった。
彼が素直に返事なんかするわけないってわかってたから、別に期待損なんかじゃなかったけど。
でもきっと、あの子だったら、きっと、返事、するんだろう。
胸が痛んだ。




「ひかる」




貯水タンクの物陰から影が見えた。
わたしはそっと、静かに近づいて、貯水タンクの陰から覗いた。
光だった。




「返事しなよ」
「……だるい」
「そっか」
「なんでおるん」
「先生が探してたよって、言おうと思って」
「ふーん」
「……いつからここにいるの?」
「朝」
「授業……でなよ」
「気分やない」





ひかる、どうしたの。
どうして君は最近ずっと、ここで一人なの。
あの子はどうしたの。
あの子が、今度はずっと、君の隣にいるんじゃなかったの。
聞けない。聞きたいけど、怖い。聞くのは怖い。

わたしは彼の隣に体育座りをして座った。
彼は貯水タンクに背中を預けて、腕をぶら下げて目を閉じていた。
何を考えているんだろう。
何を想ってるんだろう。

聞いてもいい?
聞いちゃダメ。

光の全てが理解ればいいのに。
そしたら、彼の望むこと、全部してあげられる。
彼の悲しみを取り除く方法が、わかるかもしれない。



「……別れた」
「……?」
「別れたん、俺、アイツと」
「……いつ」
「一週間ちょっと前」



光はそっと目を開けた。
伏せた睫毛がとても綺麗。
わたしはそんな彼を、瞠目して、見つめた。

へぇ、別れたんだ。
そんな言葉しか浮かばない。
酷く冷たい言葉しか今は言えない気がする。

……光、わたしは嬉しいよ、嬉しい。
やっとようやく君はまた、誰のものでもなくなったんだね。
わたしはずっと望んでたの。
だから、同情なんてしてやらない。
慰めてなんかやらない。
残念だったなんて、微塵も思っていないのだから。

『もっと良い人が見つかるよ』なんて常套句を口に紡げるほどわたしはわたしができてない。

あなたの悲しみを取り除いてあげたい。
でもあなたが幸せになるのも嫌。
わたしは、あなたに選んでほしい。
けどあなたはわたしを選びはしない。
わたしはどうしたら報われるの。
ただ、優しいだけの女なんて、「女」じゃないのよ。
わたしは「女」でありたいのに。
あなたにだけ。



「……なんて言えばいい?」
「さぁ」
「……泣いてもいいよ?」
「お前でも、バカ、言うんやな」
「知らなかった?」
「おん」



光は結局泣かなかったけど。
でも代わりにわたしの肩に頭を預けてはきた。
……ね、わたしって、なんなんだろうね。
こういうときにだけ甘えてくる彼はずるい。


そして、手が、少しずつ、カーディガンの裾に伸びてる。わかる。
そういう空気、だんだんわかるようになってきた。


寂しさを埋めるため、なんて、もう珍しいことじゃなくなった。
彼は寂しくて、わたしは彼が欲しくて欲しくて。


プラスマイナスを考えたらきっとすごくマイナスなんだと思う。
彼はまた寂しさを埋める別の愛しい誰かができて、わたしなんか相手にしなくなってしまう。
そしてまた独りになったときに、わたしは彼の女と女のつなぎ目として。



(都合、の、いい、女なんだ、ろう、な)



朦朧とする意識の中で、無我夢中で、彼の首筋に歯を立てた。
苦いよ。























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