書庫(蜃気楼)
□熱海よりも熱く、君を愛でたい(前編)
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志村新八とパンデモニウムは、二人並んで歩いていた。二人は付き合って間もないせいか、妙によそよそしい。というのも、新八は女の子と付き合うということ自体が初めてであり、女性との関わりが絶対的に不足していた。
新八の周りには、姉の志村妙、神楽など女性はたくさんいるのだが、どうにも逞しすぎて参考にはならなかった。パンデモニウムはそれとは反対の性格であり、新八はいつもの持ち味を十分に発揮しえずにいた。
「どうかしたの?新さん。何か考え事?」
「え、いやあ、何でもないよ。ほら、今日もいい天気だね。パンデモニウムさん」
「うん、そうだね。でも、私には陽射しが強すぎるときついかも」
いつものように、何気ない会話を二人は交わしていた。今までもそう、これからもそう、何も変わらなければ、そうなるのであろう。しかし、新八は決意していた。一歩踏み出したい、あわよくば一歩どころか十歩でも百歩でも踏み出したいと考えていた。
新八は意を決して、パンデモニウムに話を向ける。
「あのさ、パンデモニウムさん」
「ん?どうかしたの?」
「えと、3週間後の土日って予定ある?」
「予定は、ないわ。どうかしたの?」
「あの・・・さあ」
次の言葉がなかなか出てこない。いつもであれば、何でもないと言葉を濁すであろう。新八はあらん限りの勇気を総動員して、ついに次の言葉を切り出した。
「熱海の・・・温泉に一緒に行かない。泊りがけで」
「熱海の、温泉。私たちだけで、ってことは二人で?」
「うん、僕たちだけで」
「二人で・・・って、ふえええぇぇぇ」
パンデモニウムは察したらしく、驚きの声を上げた。それを見た新八は、慌ててしまった。
「も、もし、よかったらってことだよ。嫌なら、止めるから、ね?だから、落ち着いて、パンデモニウムさん」
「ごめんなさい、だって、そんな事、予想もしていなかったから。つい取り乱しちゃって」
「できれば、今、ここで答えてほしい。いいのかダメなのかを」
パンデモニウムは考え込んでいた。彼女自身、新八との関係が進展すればという思いを抱いていた。でも、恥ずかしいという気持ちもあった。二つの気持ちがせめぎあい、彼女を悩ませる。そして、パンデモニウムは口を開いた。
「・・・いいよ、行こう。熱海に、新さんと一緒に行きたい」
「え、いいの?」
「うん、3週間後だね。私、楽しみにしてるから」
そう言って、パンデモニウムは新八と別れた。新八は心から沸き起こる嬉しさで、大きくその場に飛び上がった。
そうと決まったら、やらねばならぬことがある。新八は決意を新たに、ある場所へ向かった。