書庫(記念・企画)
□気持ちに嘘をついて、私はあなたを振り払う
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部屋でぼーっと上を見上げながら、月詠は考え事をしていた。考えることは坂田銀時のことであった。
煙管に火を点け、紫煙をくゆらせて一息つく。
「銀時・・・」
呟いた一言は妙に艶っぽく、そして憂いに満ちていた。しばらく二人は会ってはいない。会いたい、電話なり手紙なりで伝えればいいのだが、それが出来ない月詠であり、会えない時間が積もっていった。
「月詠姐、月詠姐!!!」
部屋の向こうで月詠の名前を呼ぶのは、晴太であった。
「どうした晴太」
「今日、銀さん来るってさ」
「ほう、そうじゃったか」
「久しぶりに会うんだから、ちゃんと出迎えなよ。本当は月詠姐、嬉しいんでしょ」
「変なことを言うでなし。わかった。しばらくしたら、すぐに行くゆえ」
晴太が出ていったあと、月詠は寝間着から普段着へと着替え始める。着替えている最中、月詠は銀時がやってくると聞いて気分が高揚していることに気付いた。
それを打ち消すように、月詠は銀時への想いを否定した。
「わっちは銀時に対して、特に何も思ってはおらぬ。久しぶりに来るからじゃ。気になどかけてはおらぬし」
銀時への想いを否定しても、それ以上に肯定する自分もいて、月詠の心は乱れていく。
変わっていく自分を怖いと思う反面、変わる自分を受け入れようとする自分もいる。
吉原を守るために今まで生きてきた。その気持ちは変わらない。しかし、捨てたはずの女の情を銀時に呼び起こされ、女としての自分は彼に惹かれている。
何とかしなければ、そう月詠は考えた。このままだと、自分が自分でなくなってしまう。銀時が来ると言うならちょうど良い。けじめをつけるいい機会と思ったからだ。
そして、ひのやに銀時がやってきた。まずは晴太が出迎えた。
「いらっしゃい、銀さん。久しぶりだね」
「よお、晴太。銀さん、何かと忙しくてなあ。来たくても来れなかったわけ」
「そうは言っても、その実はバクチ・ギャンブル・色事にかまけてたのではないか?だったら、この吉原で使ってくれればいいものを」
「月詠姐!」
「けっ、久しぶりだってのに、最初の挨拶が文句ですかぁ、コノヤロー」
「おや、文句に聞こえたか。相変わらずそうじゃから、苦言のつもりで言ったのじゃがな」
月詠は心に決めていた。銀時に会っても冷静さを保ち、軽く受け流すくらいで接することを。
月詠にとっては、自分を保つための苦渋の決断であった。