書庫(長編) 第二巻
□其ノ拾弐
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やがて病院食が運ばれてくる。銀時は嫌いなものであろうか、それをそ知らぬ顔で皿の隅へとよけていく。
「オイ、銀時。残すのはなしじゃ、食べなんし。どうせ、バランスの悪い食事をとっておるんじゃろ?じゃから、このような大怪我を負うんじゃぞ」
「銀さんがバランスよく食べているからこそ、これくれえで済んだと思わねえ?普通だったら、死んでるからね」
「ならば、好き嫌いがなくなれば、さらに強くなるかもしれぬ。今度はかすり傷程度ですむかもしれぬ」
「い〜や、無理だね。あいつらの愛が気持ち悪いくらい大きいもの。返品不可だから、さらにタチが悪い」
他愛もない会話でありんすが、この時間がわっちは好きでありんす。変に肩肘をはらず、話ができる関係が。
「さてと、わっちはそろそろ戻りんす。また来るでの」
「そ、そうか?悪かったな、色々と迷惑をかけちまったみてえで」
「そう思うなら、さっさと治ってくんなんし。ではの」
「お、おう、またな」
わっちは病室を後にした。しかし、わっちには何かが引っかかった、そんな感じがした。バイクを走らせておる間も、その感じは消えずに残っておりんした。
バイクを止めて考えた。わっちの心の中に、何かが引っかかったものを。わっちが帰ると言った際、一瞬、一瞬ではあったが銀時の表情に寂しさの色が加わった。そんな気がした。
わっちの思い過ごしか?わからぬが、それが気にかかっているのは確かでありんした。心残りになるやもしれぬ。そう思い、わっちはバイクを病院へと再び走らせる。
病院は面会時間を過ぎて、灯りも消えておりんした。申し訳ないという気持ちを胸に、わっちは病院内に忍び込んだ。
元来身軽なわっちにとって、銀時のいる病室まではたやすいものでありんした。しかし、時折、見回りの看護師の歩く音や、懐中電灯の光に内心ヒヤヒヤしながらの潜入であった。
忍び込んだ銀時の病室。ゆっくりと足音を立てずに忍び込む。銀時は眠っている様子でありんした。
「わっちの取り越し苦労でありんしたな。まあ、これでつかえが取れた」
わっちは銀時が穏やかに眠っておるのを見て、安心して帰ろうとした。そのとき、微かに声が聞こえる。当然、この病室はわっちと銀時しかいないはず。ということは、これは銀時の声でありんしょか?
「・・・って、いか、い、くな」
声が聞き取れぬ。わっちは銀時の傍に近寄って、何を喋っているのか聞き取ろうとした。そのとき、わっちの胸に何か当たった。胸から、もそもそと何かが聞こえる。どうやら銀時の顔のようでありんした。
何を喋っておるかはわからぬ。しかし、暗がりでわかりはせぬが、わっちの胸にすがるようにしておる銀時が、わっちには妙に愛おしく思えてしまいんした。
銀時の後頭部を抱きとめ、わっちの胸の中で眠らせる。時折、頭をなでたりしながら。男の顔を自分の胸の中で抱きしめる。聞こえておるかはわからぬが、安心するように声をかけたりもした。
「わっちが傍におりんす。ぬしが眠るまでこうして傍におる。じゃから、今はゆっくりと寝てくんなんし」
わっちは抱きとめる腕を引き寄せ、自分の胸に銀時の顔を押し付けるような格好になった。やがて、銀時からすうすうと規則正しい寝息が聞こえる。ゆっくりとベッドに寝かしつける。
その安心した寝顔を見て、わっちもようやく安心した。あとは潜入したときと同じく、用心して病院を後にする。バイクへと向かう途中、わっちは先ほどの行為を思い出し、今さらながら恥ずかしい気持ちになる。心と頬が火照っておるのを感じながら。
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