書庫(長編) 第二巻
□其ノ陸
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月詠は部下からの知らせを“百華”の番所で聞いた。
「で、被害は?」
「ありません」
「被害がないのか?」
「はい、見回りに行った二人が襲われました。一人は連れ去られたようで、一人は気を失っており、倒れていました」
月詠は考えた。相手は手段を変えてきた。一人を連れ去ったのは何故か。手段を変えてきたのは何故か。相手の意図がわからない。月詠は知らせた者に尋ねてみた。
「何か、変わったことはないか?」
「あ、そういえば。現場には自分等が顔を隠す布が落ちていました。二枚あったので、見回りの者たちのでしょう。切り裂かれた跡があり、犯人の仕業だと」
「そうか。あとは倒れていた者に事情を聞くしかないな。ご苦労だった。現場周辺を探り、何かあれば知らせよ」
知らせを聞き終わり、月詠は考えを巡らせた。百華の者ばかりが狙われている。百華がいいように振り回されている。完全な後手に回っている。
「わからぬ。何が目的か、吉原の崩壊か?百華への復讐か?もしかすれば、わっちへの復讐・・・わからぬ。考えれば考えるほどに」
倒れた者の意識が回復したのを知った月詠は、その者の元へ向かった。
月詠に気づき、身を起こそうとするのを、無理はするなと月詠は留めた。寝た状態のまま、月詠は質問を開始する。
「襲われたとき、どうでありんした?」
「見回りの最中、私たち二人は一人の男に出くわしました」
「その男は?」
「『犯人は俺だ』と言ってました。その後、気づかないうちに布を切られました」
「見えなかったか?」
「恥ずかしながら。夜ということもありましたが、男の攻撃が全く見えなくて。そして、しばらく私たちを見回したあと、『決めた、お前!』と言いました。それから先は、はっきり覚えていません」
「そうか。命があるのはよかった。また、この借りを返すときはくる。まずはしっかりと養生しなんし」
「はい、申し訳ありませんでした」
月詠は労いの言葉をかけた。命に別状がないのは喜ばしい。連れ去られた者の捜索及び救助もある。
おそらく連れ去られた者は生きている。月詠はそう考えていた。殺すなら、その場で殺すだろう。連れ去った目的は一体何であるか。
百華に何かしらの恨みがある。それは予想できた。吉原を守るために多くの敵を倒してきた。数々の者たちから恨まれているのは承知している。だからこそ、完全な証拠を掴めないのがもどかしい。
先の事件と同じくらい、いや、それ以上の苦痛を月詠は感じていた。安否が不明であり、生きているか死んでいるかを心配するという心労は計り知れないものがあった。
「こうしてはおれぬ。探して救わねばならぬ。必ずや助けだしてみせる」