書庫(長編) 第二巻
□其ノ漆
1ページ/4ページ
“百華”の番所に連れてこられた配下の者は、まずは安静にということで身体をキレイにしてから眠らせることにした。それまでの緊張が解けたのか、寝床に横になるとすぐに寝息を立て始めた。
月詠は配下から状況を聞きだした。
「どうなのじゃ?発見したときの様子は」
「なんというか、その、疲れ果てているというか、力が入っていない様子でした。それに」
「それに・・・何じゃ?」
「陰部から精液が。おそらく、犯されたものと」
月詠は絶句した。命には別状はない。しかし、それ以上の精神的苦痛を負ってしまったことは容易に想像できた。
「いいか、交替でしっかりと見張っておくんじゃ。突発的に死を選ぶやもしれぬ。話を聞きだすのは、しばらく後じゃ。見回りの人数は3名ないし4名にせよ。特に深夜には気をつけねばならん」
月詠の指示を受け、部下たちはその場を後にする。残された月詠はうちひしがれた思いを抱いていた。様子からすれば、手ひどいことをされていた。それは心の奥深くに残っていくだろう。そんな目に合わせてしまった申し訳なさで、月詠はいたたまれなくなっていた。
「早く見つけ出さねば。でないと、どうしたらいい?手がかりすら、まったくつかめていないというのに」
数日後、月詠のもとに知らせが入った。戻ってきた配下の者が、月詠に話があると言ってきたのだった。月詠はその者の部屋へ入っていった。月詠が見たのは、虚ろに天井を見つめている配下の者の姿であった。
月詠は声をかけるのもためらわれたが、そのまま時間を過ぎさせるのもと思い、声をかけた。
「すまぬが、話せる限りでよいから、話をしてはくれぬか?」
「ああ、頭。も、申し訳ありません。私、どうしたらよいか」
「ぬしが気に病むことはない。悪いのは、わっちの責任でありんす。ぬしにとっては、心苦しいとは思うが話してくれ」
「は、はい」
その後、月詠は配下の者から様子を聞きだすことができた。
「見回っていたときのこと、私たちの前に一人の男が現れて。その男は、しばらく物色するかのように、私たちをうかがっていました。そして、私に決めたと言ったのち、そこからは覚えていなくて・・・次に気がついたのは、男の隠れ家のような所でした」
月詠はじっとそれを聞いていた。配下の者の表情を見ると、恐怖と脅えの感情が見え隠れしている。
「寝床で男に組み敷かれ、え、抵抗、した、んですが、うぅぅ」
「イヤなら話さずともよい。無理はするな。今の話でも十分じゃ」
「私も百華の一員です。最後までお話するのが、私の今でき得る、務めです。え、と、抵抗したにもかかわらず、結局、私は男に屈してしまいました。ただの男であったなら、私は抵抗し続けていたでしょう。しか、し、あの男は、あの男は」
「どうした?」
「怖かった、本当に怖かったんです。何をしても、どうあがいても、どうしようもないって思えて。貫かれる痛みと、男への怖さで抗う気力がなく、なって。その後は、男の成すがままにされ、ました。そして、男が満足したあとは、その後は、男の部下たちに、かわるがわる、くぅぅううううう」
配下の者から涙が溢れ、体を小刻みに揺らしていた。その様は何があったのか、月詠には想像ができた。ふつふつと怒りが込み上げてくる。
「よくわかった。よくぞ話してくれた」
「す、すみません。あ、あと、男が言っていました。百華の頭に恨みがあると」
「百華の頭に?」
「初代と二代目に用があると」
月詠は考えた。吉原の治安を守るため、抵抗する者たちを手にかけてきた。それゆえ多くの者たちから恨みを買っている。それは月詠自身がわかっていた。しかし、初代百華の頭・地雷亜について言及しているのは何故であろうか?
「しばらくは休むがよい。気にかけることはないゆえ、まずは体調を整えておきなんし」
月詠はそう言って、部屋を後にした。男が言った言葉の意味、そして百華に繰り返される蛮行の数々。考えれば考えるほど、犯人から遠ざかる。
「どうすればよい、また起こる。防ぎようがないのか?止めねばならぬのに、そのためにまた犠牲が出るやもしれぬ」