書庫(長編)

□其ノ拾参
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攘夷派諸隊が軍議を行っていた頃、天人側は頭を悩ませていた。大局的に優勢なのは変わりない。しかし、攻めきれない事がもどかしい。

特に、天人側の目の上のたんこぶとも言える、“天紋嶺”を陥落させられない事が最大の懸案事項となっていた。

幹部たちは何度も議論を重ねた。しかし、議論を制するほどの名案は出ず、天人側の幹部たちは空虚な議論を繰り返すばかりであった。

その状況が一変したのは、伝令からの伝達であった。


「為朝雄様、これよりこちらへ向かわれます。あと一時間ほどでご到着されます」


幹部たちは一様にざわめき始める。明らかに為朝雄に対して、畏れの感情が見える。

やがて、重々しい足音と共に為朝雄が部下を連れて現れた。黒の甲冑に身を包み、眼光鋭く辺りを見回している。

為朝雄。傭兵三大部族『荼吉尼族』出身で、同族のみならず、天人で知らぬ者はいないほどの強者である。弓矢を得意とし、常人が数人がかりでも引けない強弓を軽々と使いこなす。為朝雄が放つ矢は、『神射』とも呼ばれ、銃火器よりも高威力と言われている。

数多くの功績を上げ、天人たちに畏敬の念をもって讃えられる男である。


幹部たちは一斉に立ち上がり、為朝雄に上座へと案内した。為朝雄はどっかと腰を下ろす。


「状況は把握している。随分と気前よく負けてやっているようだな」


為朝雄の第一声は、天人側の不甲斐なさを皮肉ったものであった。この言葉に幹部たちは反論できなかった。


「で?長々と会議をしていたのだろう。良い策でも思いついたか?」

「策は出るものの、決めきれずといったところでして。未だに決まっては、おりません」

「では、今出ている策を全て言え」


為朝雄は、幹部たちの策を全て聞いた。腕組みをしたまま、目を閉じたまま微動だにしない。


「為朝雄様、今ので策は全てです」

「そうか。で、何日を費やした」

「3日になります」


次の瞬間、為朝雄はドンと左手を机に叩きつけた。机は真っ二つに割れ、幹部たちは固まってしまう。


「3日かけてこの程度か。貴様らは何をもって、兵たちを統べる立場にあるか。何をもって、兵らに生死の境目の戦場へ向かわせるか。貴様ら、一兵卒で戦ってこい。少しはまともな策が浮かぶだろうよ」


為朝雄は周辺の地図を持ってくるよう命じた。替えられた机の上に地図が広げられた。しばらく地図を眺めたのち、為朝雄は口を開いた。


「この地点はどうなっている」

「は。ここは窪地になっております。平地を囲むようにして、崖が連なっています」

「では、その平地にはどれほどの者が入れる?」

「大きな平地で、何千人規模だと思われます」

「ふむ。では、囲んでいる高地には大砲は置けるのか?」

「置けます」


このやりとりで、為朝雄は意を決した。


「よし、策は決まった。ここへ奴らを誘引し、そこで一挙殲滅をはかる。まずは、この高地を地ならしを行え。高地に砲火器を集め、ピンポイント攻撃が出来るようにな」

為朝雄は策の内容を話し始めた。


「幸か不幸か、我らは劣勢にある。エサをちらつかせ、奴らを誘い込む。平地に集まりきったところで、大岩を落として退路を断つ。そして、逃げ道のない奴らにありったけの弾を撃ち込む。これで終わりだ」


幹部たちはどよめいた。それを気にかけるでもなく、為朝雄は話を続ける。


「あと、わしがここに来ておることは秘密にせよ。決して外へ漏れてはならん。わしも向こう側には名も顔も知れておるからな。わしがおると知れば、無用な用心をさせてしまう。そうすれば、策に乗らぬこともあるからな。漏らした者は容赦なく殺せ。疑わしき行動を取ったとおぼしき者も含めて」


為朝雄の指示に幹部たちは従った。為朝雄は先ほどとは違った話を幹部たちに振り向けた。
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