書庫(長編)
□其ノ参
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悪玉菌は口に残った乳酸菌の残骸を舌で舐めとった。ニヤリと笑って、悪玉菌は善玉菌に向かって叫ぶ。
「おい!見殺しにするたあ、善玉らしからぬ所業じゃねえか。まだ、ちったあ残ってんだからよ」
悪玉菌が言うように、乳酸菌は生き残ってはいた。しかし、いずれも虫の息状態であり、悪玉菌のされるがままになっていた。
「ご、ごめんなさい。善玉菌のために働きたかったんだけど、僕はもうダメみたいだ」
「気持ちよく昇らせてやっから、んな事言わずに楽になんな」
一匹、また一匹と乳酸菌の命が消える。その時、一匹の善玉菌が悪玉菌らに向かって飛び出した。
「おい、戻ってこいって。今の俺らにゃ、どうしようもねえんだから」
「うるせえ、もううんざりなんだよ!乳酸菌見殺しにして、生き延びて、情けなさすぎんだろ!」
善玉菌は木刀を振るい、次々と悪玉菌を弾き飛ばす。そんな善玉菌の視界に、息絶えようとする乳酸菌の姿が見えた。
「ごめん、なさい。僕、何の、役にも」
善玉菌が悪玉菌を叩きのめしている姿を満足そうに見つめ、乳酸菌は消えていった。
善玉菌はそれに一瞥くれて、右へ左に暴れまわった。その勇ましさに、悪玉菌らも少しずつ退いていった。善玉菌の周りには、打ちのめされた無数の悪玉菌が転がっていた。
善玉菌の顔に疲れの色が見え始める。そんな時、えもしれぬ殺気を善玉菌は感じ取った。次の瞬間、襲いかかる斬撃を、善玉菌は身を翻して避けた。
「へええ、あれ避けちゃうかあ。けっこうリキ入れたのにな」
「へ、そんな攻撃しか出来ねえなら、恐れることもなかったな。お前ら全員、俺だけで倒してやるぜ」
「言うは易しだ。やってみろよ」
悪玉菌は余裕の態度を崩さない。善玉菌は木刀を握り直し、攻撃の態勢をとる。
少しばかりの間のあと、善玉菌は悪玉菌に攻撃をしかける。振り上げた木刀を、力の限りに振り下ろす。全身全霊を込めた一撃は、悪玉菌の脳天に命中する・・・と思われた。
「いい一撃だ。ビリビリ伝わってくるぜ、お前さんの気持ちやらが」
「なっ、てめえ」
善玉菌の一撃を、悪玉菌は刀でしっかりと受け止めていた。この一撃に善玉菌は全てをかけていた。
「受ける義理もなかったがな、受けてみたくなった。そして、受けてみて良かったぜ。渾身の一撃を受け止められたお前さんの顔、最高にいい顔してるぜ」
悪玉菌はニヤリと不敵な笑みを善玉菌に向けた。
善玉菌は次の一手を繰り出そうとする。しかし、体が動かない。頭ではそう思っていても、体がそれを拒否した。
これを見た悪玉菌は、笑みを浮かべたまま、受け止めた木刀を押し返す。善玉菌は力なく後ろへ引いた
「いい一撃だった。それに敬意を表して」
悪玉菌は身構えてから、瞬く間に攻撃をかけてきた。善玉菌は攻撃の軌跡は分かるものの、成す術はなかった。
やられるがまま、悪玉菌の攻撃を受ける善玉菌。体は傷つき、立つ力も失われて倒れ伏した。
これを見た悪玉菌は、善玉菌の前にしゃがみ込む。覗き込むように善玉菌を見る悪玉菌。悪玉菌は善玉菌の様子をニヤニヤと見ながら話し始めた。
「どう、観念したか?これ以上、苦しむことはねえだろ。おとなしく降参してくれや」
「バカかテメエは。そんな気あるなら、最初からしてんだろが。消え去ったとしても、俺はテメエなんかにゃ屈しねえ」
「どうあっても?」
「どうあってもだ。だったら、態度で示そうか?くたばれ、悪玉菌」
善玉菌は見上げている悪玉菌に向かって、唾を吐きかけた。頬についた唾をぬぐうと、悪玉菌は刀を振り上げて、止めを刺そうとする。
「仕方ねえ、ここで終了だな。じゃあな」
悪玉菌が刀を振り下ろそうとしたその瞬間、無数の苦無が悪玉菌目がけて飛んできた。悪玉菌はそれを刀で弾くものの、苦無は止むことなく飛んでくる。ついに悪玉菌は、善玉菌から離れて後ろへと退いた。