書庫(長編)
□其ノ肆
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百華では事態の解明に奔走していた。しかし、一向に進まない現状に百華の者たちは疲労の度合いを強めていった。
「頭、まったく足が掴めません。最近になって増えてきた不逞な輩を調べてはいるんですが怪しい点は見当たりません」
「そうか、ご苦労だった。しばらく休め」
「頭も少しは休まれたほうがよいのでは?ここ最近は、こちらで寝泊りされているではないですか。今日はひのやに泊まったら」
「ダメじゃ。吉原が平穏を取り戻すためにも、死んでいった者たちに報いるためにも、一刻でも早く事態を収めねばならぬ。それを考えると、一分一秒すら惜しいのじゃ」
月詠は休息を勧める部下に、そう言って断った。月詠の机の上には、乱雑に広げられた吉原の絵図面や被害者の調書で埋められていた。それとにらめっこしながら、手がかりを探ろうとするが、うまくはいかなかった。
「わからぬ。何を目的にしておるのか、なぜに百華の者らを標的にしておるのか。じゃが、手がかりを何としてでも探さねば」
その焦りが苛立ちを生み、百華の者たちへの言葉が荒くなっていく。
「何としても手がかりを探せ!吉原だけでなく、時には地上に出て探り出せ。情報が全然足りぬ!探せ、探し出してくるんじゃ!」
「頭」
「うむ、戻ってまいったか。どうじゃ、何か掴めたか?」
「殺害の時間ですが、完全に不規則でありました。ただ、殺害のやり口を見れば、同一人物の仕業かと」
「そんな事は問題ではないわ!!!!!犯人の足取り、どこへ消えたのか、山ほど調べることはあろうが。どこを見てきた!百華の諜報力はそのような拙いものか!」
室内が一瞬、凍りついた。気付いた月詠が謝ったが、百華の者たちは驚きを禁じえなかった。いつも冷静に事を運ぶ月詠が、こんなにも激していることに。
その夜、綾人は吉原を一人うろついていた。目的は夜の見回りを行う百華の者の殺害。そんな綾人の目の前に、一人の女性の姿が見えた。その距離が近付くごとに、姿がはっきりとわかってきた。ツインテールにまとめた銀髪。百華の者とわかる装束。そして、存在を強烈に主張する大きく豊かな胸。
綾人は長物の包みをいつものように、するすると下ろしていく。二人の距離がどんどんと近付く。左手に持った長物を、綾人は百華の者の心臓目掛けて突いた。あとは、それを引き抜いて、何もなかったように去るのみだった。しかし、今回は勝手が違った。
「へえ、すんげえ突きじゃねえの。これなら、何人もの百華のヤツらが死ぬのも納得だわ」
綾人は声を聞いて、殺害が失敗したことと、相手が女ではないことを悟った。綾人は落ち着いた様子で聞き返す。
「はは、百華にオカマがいるとは知らなかった。でなくば、女装趣味のド変態か?」
「尻尾を捕まえたぜ。まさか仕込み刀とはなあ。トリッキーすぎて、びっくりしたわ」
「仕込み刀ではない。これは菊池槍だ。ド変態」
月下の灯りが雲に隠れつつあり、二人の姿は明から暗へと変わろうとしていた。
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