書庫(長編)

□其ノ拾陸
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攘夷派は攻めると見せかけて攻めない。天人は情報を流して混乱させる。これが何日、何十日と続いた。

為朝雄はこの状況に苦笑いする。


「人間の言葉で、このような状態を『狐と狸の化かし合い』と言うそうだ。双方が騙そうとあれこれと手を尽くす。滑稽に思えてくるな」

「為朝雄様、この状況をどう見られますか?」

「もう少し、もう少しで噛み合う。よし、第二段階だ。実際に前線部隊を下げる。1軍団ずつ引き上げろ。食料やらはくれてやれ。ただし武器は持ち帰れ。例の場所へ持っていけ」

「はっ!」

「さて、化かされるのはどっちか。こいつは少しばかり見物だな」


為朝雄はほくそ笑む。しかし、彼が本当に興味があるのは作戦ではなかった。


「白夜叉、お前と再び殺り合い、そして我が矢によって死ぬ。これはそのための舞台作りに過ぎぬ。早く会いたいものだ」


天紋嶺では、雷刃隊が罠や守備陣地の点検整備を行っていた。最前線であるため、大っぴらに前に出ることは自殺行為だったからである。

天紋嶺の頂上にある物見櫓の上で、坂田銀時、鳥尾小耶太、月詠の三人は眼下に見える地上の様子を眺めていた。


「色々と動いちょるな」

「兵らの動きが慌ただしい。我が方も挑発行為はちょくちょく行ってはおるが。問題はわっちらと共に、敵が踊ってくれるか」

「まあ、そこはヅラが何とかするだろ。俺らは俺らの為すべきことをする。それしかねえ」

「そうは言うが、我が方の総力を動員するんじゃ。勝つように仕向けねば」

「早く戦いたいっちゃね。守る戦いも悪くねえが、大きく勝って、楽してえもんじゃがの」

「おお、そうだよな。ここで大勝すれば、かなり楽になるわな」


銀時と小耶太がそう言って笑い合った。月詠は小型の遠眼鏡で様子を見た。その動きから、そう遠くない未来に激しい戦いが起こるのを予感した。


「銀時、小耶太。わっちらも天紋嶺各所に出向いて、罠の仕掛けの点検や、新設を考えよう」

「は?今からか?」

「そうじゃ。近々大きな戦いは必ずある。最悪の事態を考え、備えを固めておかねばならぬ」


月詠は真剣な表情で二人に話した。二人は頷いて、物見櫓から素早く降りていく。月詠もこれに続いた。

やがて、情報を裏付けるかのように、天人は前線の軍団を一個軍団ずつ撤退させた。空になった陣地を、攘夷派諸隊が占拠する。そこには遺棄された食料物資があった。拍子抜けはしたものの、攘夷派の士気は上がった。そして、天人恐れるに足りずという風潮が沸き起こってきたのである。

攘夷派本営では、早くに開戦したい頬鳥居と、慎重を唱える桂の意見が修復不能なまでになっていた。


「いい加減にしねえか!慎重なのは結構だ。だがな、慎重が過ぎて、好機を逸することだってあるんじゃねえのかい。奴らの軍が退き始めている。これを逃す手はねえだろ」

「確かに退いてはいます。ですが、優勢な天人が兵を退く理由がないでしょう。自重を」

「お前さんの自重は耳にタコだぜ。理由は天人の内紛だろ」

「それは不確かな情報。信用なりません」

「情報の内容と、実際の行動が一致している。それ以上の裏付けなど必要ない。今は即戦あるのみ!」


桂は悩んだ。


(どうしたらいい?大勢は頬鳥居殿のように主戦に傾いている。何かが、何かが引っ掛かる。俺ののどに魚の骨が刺さっているような、このもどかしさは)

「わかりました。兵を前に進めましょう。しかし、攻撃は敵の第5軍団が退くまで待っていただきたい」


第5軍団。天人の中でも最精鋭と謳われた軍団である。その武威は天人の3個軍団を凌ぎ、攘夷派諸隊の悩みの種であった。


「第5軍団が退いたと同時に、我らは進撃する。あとは一気に本営を落とす。いかがですか?」

「わかった。なら諸隊に通達。諸隊は戦闘態勢を整え、ばらばらに第5軍団陣地周辺に展開。天人第5軍団が退いたのを合図に一斉に攻撃。一気に本営を落とす。天紋嶺の雷刃隊は、戦闘が始まり次第、天人の本営を急襲せよとな」


桂は進言はしたものの、天人の前線の要である第5軍団が退くことはないと見ていた。とはいえ、膨れ上がる戦うべしの声を止められるか。第5軍団の動きが、これらの鍵を握っていた。



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