書庫(長編)

□其ノ拾漆
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天人の本営では、慌ただしく兵士らが動いている。為朝雄はゆっくりと腰を上げ、ゆっくりと歩いていく。辺りはすっかり夜の闇が支配し、篝火が為朝雄の異形な顔を照らし出す。


「配置は?」

「配置は完了しています。あとは奴らを誘引するだけ」

「そうか。うまくやれ」

「あの、来られないので?」

「先が見えるものを見に行って何になる?表面上の仕事は果たした。これからはわし自身のために動く。一軍の用意は?」

「はい、選抜して一軍を編成しました」

「よろしい。では、ぬしらは攘夷派を、わしは白夜叉を殺る」


ニヤリと口元を上げ、為朝雄は笑った。


「もうすぐ奴らはやってくる。ここに残る死兵以外は、計画通りにせよ」


はっ、と幹部らは一礼した。


「楽しそうですね、為朝雄様」

「そりゃそうよ。煩わしいものから解放されて、白夜叉を殺れるのだし」

「へっ、うちらも待ちくたびれ」

「まずは為朝雄様。早く行って、白夜叉を待ちましょうぞ」


為朝雄に声をかけてきたのは、“四天王”と呼ばれる者たちである。楼逵、麻鳥依怒、錐ン痔、廉敦の四人である。このうち、麻鳥依怒は女性である。

為朝雄は弓矢以外は、脇差しか武器は持たない。その脇差も自害するためのものであり、自身を守るためではない。為朝雄は四天王を“守り刀”と称し、身辺の警護に当たらせていた。


「よし、あとは白夜叉を待つ。まあ、しばらくは待ちの一手だ。うまいモンでも食いながら待つとしよう。ハラが減っては戦はできん」


為朝雄にとって、この戦いの行く末は興味のないものであった。彼の興味は白夜叉であり、白夜叉を引っ張り出すために、この戦いを起こしたと言っても過言ではなかった。

一方、第5軍団の陣地は撤退の動きが顕著になった。首魁・頬鳥居圭助も前線に進出して、完全に撤退するのを待っていた。やがて、偵察から完全に撤退したとの報を受け、頬鳥居は刀を抜いて、声高らかに指示を出した。


「かかれぇぇぇ!」


号令一下、諸隊は第5軍団陣地へ殺到した。柵をよじ登り、門を開いて仲間たちを入れる。兵士らは陣地には目もくれず、天人の本営目掛けて突き進む。

先頭を行くのは鬼兵隊、これに快援隊が続く。こうした追撃戦には、行く手に伏兵が潜んでいるものである。斥候を放って、前方の安全を確認させる。

本営までに何もないことを確認すると、鬼兵隊は一気に本営を落とさんと勢いづいて猛進を始める。


「進め進め!思いきり暴れ回れ。一人十殺だ、それに達してねえ奴は帰ってくんじゃねえぞ」


鬼兵隊隊長・高杉晋助は檄を飛ばした。そこに快援隊隊長・坂本辰馬が追い付いた。


「そげに熱くなるなや、高杉。そげな事では、周りが見えなくなるぜよ」

「この状況で熱くならねえ奴はクソだ。お前も熱くならねえなら、俺が熱くしてやろうか?」

「や、それはええわ。それなりに熱くなると思うちょるし」

「それなりじゃあ、ダメなんだよ」


彼らの眼前には、天人の本営が煌々と篝火によって、その姿を映し出す。いよいよだ。後に続く諸隊の足並みを揃え、総攻撃をかける。天人を駆逐するために戦ってきた攘夷派にとって、武者震いするほどの戦いが始まろうとしていた。

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