書庫(長編)

□其ノ拾捌
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攘夷派首魁・頬鳥居圭助は後方のものすごい音に、思わず振り返った。


「何があった?」

「どうやら、落石によって退路が塞がれたみたいです。石に押し潰された者も多数で」


天人の指揮官は叫んだ。


「今までの鬱憤、存分に晴らせ!ありったけの砲弾を叩きつけろ。撃てぇぇぇ!!!」


天人側の大砲が火を吹いた。これを皮切りに次々と大砲から、轟音と共に砲撃が開始された。

攘夷派諸隊は、四方八方からの砲撃に狼狽える。あちこちで着弾し、兵士らの断末魔が聞こえる。

頬鳥居は何とか打開策を指示するが、砲撃音でほとんど聞こえなかった。

攘夷派諸隊の思惑などお構い無しに砲撃は止まなかった。大砲が止んだと思えば、今度は鉄砲による一斉射撃が開始された。その間に大砲のすすの除去、再装填を開始する。間断なく攻撃は続いた。

大砲から鉄砲、鉄砲から大砲への切り替えは、決められた合図によって、円滑に行われた。


「散らばれ!密集していると、やられるだけじゃ!散開しろ」


とは言うものの、先に述べたように、砲撃音で指示は伝わらなかった。さらに多数の兵士でごった返している状態では、散開しろと言われても、かなりの無理があった。

頬鳥居は砲撃が止むのを待った。しかし、それは叶わぬ願望であった。

この場所に集められた大砲・鉄砲は撤退した軍団、本営から移送されている。つまり、天人側のほとんどの銃火器が集まっているのだった。つまり、天人側はほぼ無尽蔵に砲撃が可能なのである。

それまでの勝ちで攘夷派諸隊の士気は最高潮に上がった。しかし、それもこの砲弾の雨あられにより、脆くも瓦解した。

兵士たちは日頃の統制した動きを忘れ、本能に従った行動を始める。

寄り集まって大人数で逃げようとする。砲弾はそこかしこに着弾し、直撃しなくても、吹き飛ばされる衝撃で命を落としてしまう。密集しているならなおさらである。

指揮系統は完全に崩壊、組織として機能しなくなっていた。烏合の衆と化した攘夷派諸隊に容赦なく天人側は砲撃を浴びせる。

もはや戦いと呼ぶものでもなく、虐殺と呼ぶのがふさわしい状況である。上の天人側は砲撃を続けるのみであったが、下の攘夷派諸隊は阿鼻叫喚の世界であった。

手足を失い、さまよう末に吹き飛ばされて粉々になる者。錯乱して同士討ちを始める者。砲撃の方向へ向かって、直撃を受ける者。

砲撃音と兵士の断末魔と狂乱の声が辺りを支配する。この場には、神や仏などいない。あるのは、無慈悲に損害を強いる者と、否応なしに損害を強いられる者だけがいる。


止まぬ雨はない。しかし、この雨が止む頃まで生きていられるか。無慈悲で無機質な鉛の雨は、思惑など関係なく、攘夷派諸隊の上に降り注いでいる。



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