書庫(長編)
□其ノ弐拾
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為朝雄はこの様子を見ると、満足した表情を見せる。
「引き上げる」
「あともう少しで白夜叉は死にます。どうして引く必要があるんですか?」
「為朝雄様、強くなるとでもお思いですか?あの男が」
楼逵と麻鳥衣怒は、この状況で退くという為朝雄に疑問を呈した。
「楼逵の意見が近いかもな。二矢を引き抜き、なおかつそれを錐ン痔と廉敦に投げる。ふふふ、なかなかに見せてくれる。あやつ、この死線を越えれば、まだまだ強くなる」
「お言葉ですが、我らは傭兵。しっかりと仕事を果たしてから」
「果たしておるぞ。攘夷派の命脈はこれで尽きる。奴らは滅びぬように、ちまちまと戦うのみよ。わしは攘夷だの開国だの、そんなことはどうでもよい。命のやり取りを、それをわしと対等な舞台で戦える男がここにおる。その男と戦うことが望みよ」
「為朝雄様」
「わかんないわぁ、そういうのは」
「引き上げる」
為朝雄は丘を下りていく。手応えと好敵手のさらなる強さを期待して。
崩れ落ちた銀時を月詠が抱き止めた。駿足を使って、瞬く間に銀時の傍にやってきたのだった。
陣羽織が紅く染まっていく。血が泉のように溢れてくる。何とかして止血しようとするが、止まることはなかった。
その間に、錐ン痔と廉敦がやってきた。
「なかなかにやるな。なるほど、為朝雄様がご執心なのもわかるかな」
「けっこう痛かったよ。早くやってしまいませう」
「ぬしらには触れさせぬ。わっちにとっても、雷刃隊にとっても、大事な男でありんす」
月詠は右手で銀時を抱き寄せ、左手で小太刀を前に出して、二人を牽制する。守らなければならない。自分を守ってくれた銀時を。様々な感情を呼び起こしてくれた銀時を。
お構いなしに二人はやってくる。月詠は苦無を放つ。しかし、二人は気にすることなくズンズンと進んでいく。苦無もなくなり、月詠は銀時を木に寄りかからせて、飛び出していった。
「隙が多い」
「おっぱいが大きい」
錐ン痔の突きと、廉敦の振り下ろしにより、月詠の小太刀は粉々に砕かれた。
呆然と月詠は立ちすくむ。自分の打つ手はもはやない。一瞬の思考停止のあと、月詠は銀時の傍に駆け寄った。
銀時は苦しそうに、はあはあと息が荒くなっている。打つ手のない月詠に何ができるか。仕込み刀を引き抜くと、月詠は銀時の首筋にあてる。
「すまぬ、わっちのせいじゃ。ぬしを守れなんだ。あの世で存分に詫びよう。ぬしのワガママも聞いてやりんす。銀時、少し先に逝ってくれ。わっちもすぐに参るゆえ」
月詠の頬に一筋の涙が伝う。守りきれない自分の無力さに対する悔しさか、大事な存在を失おうとしている悲しみか。涙の理由など、月詠にはもうどうでもよかった。
このまま、敵の手で討たせたくない。ならば、自分の手で。月詠は銀時と共に自害の道を選ぼうとしていた。
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