書庫(長編)

□其ノ壱
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牢に入れられた月詠は、目を開けてから目まぐるしく変わった自分の境遇に戸惑っていた。今、ここにいる銀時は銀時であって、銀時ではない。その現実が、月詠の心に暗い影を落とした。


(一体どうしたというのじゃ。銀時がわっちのことを覚えておらぬとは。さっきまで一緒に寝ておったというに。分からぬ、何が何だかまったくわからぬ)


自分の事など知らぬという態度で、月詠の顔を見ていた銀時。他人の空似なのだろうかとも考えたが、あの特徴ある風貌は間違いなく坂田銀時そのものである。


(そんな目でわっちを見てくれるな。あの目でわっちを優しく見つめておったではないか。あの唇で、わっちの体を愛おしんでくれたではないか。あの声で、わっちを慰めてくれたではないか。あの腕で、わっちを包み込んでくれたではないか。なぜ、今こんなことになったのじゃ)


幸せから、一気に絶望の淵に落ちてしまった。いや、そんな言葉すら生ぬるい。どんな言葉を持ってしても、今の彼女の気持ちを表すことは叶わなかった。

月詠は過去の記憶をたどってみるが、分からなかった。地上であることは理解できたが、一体どこかは分からない。吉原で育ってきた月詠にとって、地上の地理など知るわけがない。

牢の外は2名の衛兵が守っていたが、厳重というわけではなかった。


(この程度の警備でなら、ここから脱するのはたやすいの。しかし、抜け出たところで行くアテなど分からぬ。まずは、今の状況がどうなっておるのかを見極めねば。流されておる気もするが、この場合は仕方ない)


そんな中、衛兵が動いた。誰かが牢に近づいてきたようだった。その姿を認めた衛兵は、会釈をして牢に通した。それは銀時であった。
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