書庫(長編)

□其ノ陸
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「初めて人を斬ったとき、わしの手は震えに震えよった。銀時も同じじゃ。顔を見合わせて、乾いた笑顔を作って笑い合った。銀時はどうか知らんが、わしはその時の記憶が鮮明に残っちょる。冷たくなる身体、生きようともがくが事切れる意識。生者と死者、生きている者から生きていた者へ。言葉にすりゃあ短いが、実際には言葉に出来んくらいに遠いんじゃ」

「ぬしの言う事、わっちには分かりんす。守るもののため、数多の命を奪った。初めて人を殺した時、わっちも似たような思いを抱いた。その記憶、その光景は今でも鮮明に思い出される」

「戻れない橋を渡ったんじゃ。二度目三度目と斬り続け、天人との戦いに本格的に参戦していった頃には、殺す事に対して何も感じなくなった。目的を達するための一工程、そう思っていた。その頃からじゃ、銀時に明らかな異変が起こったのは」


小耶太はそう言って、過去の出来事を紐解き始めた。

それは天人との戦いであった。銀時と小耶太はこの頃、攘夷派として攘夷戦争に身を置いていた。この時点で、雷刃隊は結成されておらず、二人は一個の戦士として戦っていた。人の醜い感情・行動が支配する戦場を二人は自由に疾駆していた。


「あいもかわらず、冴えてんな。その調子で俺の分まで斬り倒してくんねえか?」

「バカ言うな。こっちが疲れてしまうっちゃ!」

「つってもなあ、疲れてくんだけど。本当に数だけは多いな。斬っても斬っても金太郎飴かっての!」

「疲れた言うなら、抵抗せんと天人に斬られてしまえ。したら、ぐっすり眠れるけえ。血と死臭漂う地面にの」

「うえ、そいつは嫌だな」

「なら戦って、天に預けた命を返してもらえばええ。銀時、そうしたいなら、さっさと前へ出い!」


小耶太は天人たちの中へ分け入った。その後、数人の天人が血飛沫を上げて崩れ落ちる。

銀時は自分に向かってくる敵を迎え撃つ形。一人、また一人と敵を斬っていくたび、人を殺す嫌悪感は薄らいでいった。しかし、銀時の中には変わらず残り続ける言葉があった。


「己の魂を護るために剣を振るいなさい」


銀時の師、吉田松陽の言葉である。今の行いが松陽の言葉に違ってはいないか、今の自分を見れば松陽はどんな顔をするだろうか。それが銀時の心に暗い影を落とす。


(俺は一体何をしている?何のためにこんな事を?)

「オイ、思イ悩ンデイルヨウダガ、俺ニ委ネテミナイカ?」


銀時は、心の中に響いてくる声を聞いた。その声はおぞましく、不気味さを漂わせる。ついに頭がおかしくなってしまったのかと、銀時は自分を嘲笑う。不気味な声は構わずに話し続ける。


「悩ムノナラ、俺ニ任セロ。何、オマエハ何モシナクテイイ。タダ、俺ニソノ身ヲ任セレバイインダ」

「はあ?何なんだよ、てめえは。俺は俺だ。任せるだの何だのって、有り得ねえ話を持ち出すんじゃねえよ」

「ハハハ、オマエハ何ノタメニ戦ウ?ワカラネエナラ任セロヨ。俺ガ見セテヤル。戦イデノ有リ様ヲナ。狂イタクナケレバ、代ワリニ俺ガ踊ッテヤルヨ」


今の銀時にとって、その誘いは甘美に聞こえた。自分は傷つかない、全てはこの存在がやってくれる。そうだ、これから戦っているのはこの不気味なヤツなのだ。銀時はその誘いに乗ることにした。


「ハハハハハ、契約成立ダナ。終ワラセレバイインダ、コンナクダラヌ争イハ」


銀時の中でとてつもなく大きな衝動が生まれる。それは中だけでは収まらず、外へ外へと溢れ出ようとしている。


「うっ、ぐああっ、あああああっっっ!!!」


小耶太は後ろから聞こえる咆哮に思わず振り向いた。声からして銀時であると思ったが、何事が起こったのかと小耶太は銀時の元へ走った。

小耶太が見たのは、今まで見たことのない狂気に満ちた表情をした銀時であった。
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