書庫(長編)

□其ノ参
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「ああ、月詠さん?」

「ん?何であろうか」


「もしも、あなたのかけがえのない人が、ある日突然殺されたとしたら・・・どうしますか?」


綾人の問いに、周りの人々は一瞬目を丸くした。何故に月詠にそれを問うのか?そして、いきなり何故それを問うのか?綾人からの問いに、月詠はしばし考えたのち口を開いた。


「わっちのかけがえのない人・・・」


月詠の脳裏に色々な人々が浮かんでくる。今の自分を支えてくれる者、自分を頼ってくれる者、自分が頼りとしている者、様々な人々が今の自分を形成してくれている。そんな存在が突然消えてなくなる。今の月詠にとっては、考えられないことだった。


「もし、そのようなことがあったならば、必ず恨みを晴らすじゃろう。探して、追い詰めて、必ず恨みを晴らす」


月詠の言葉を綾人は黙って聞いていた。一瞬、真剣味を帯びた目をしていたが、すぐに元の柔和な表情に戻った。


「はは、申し訳ない。いらぬ質問をしました。忘れてくださいな。では、また来ます。それでは」


綾人は店を出て行った。綾人の姿を見送って、月詠は日輪に言った。


「日輪、しばらくしたら、わっちは見回りに出かける」

「え?さっき見回ったばかりじゃない」


「ああして、不安がる客人もおる。その不安を晴らすように、わっちらは励まねばならぬ」

「無理しちゃいけないよ。疲れてはしっかりとした務めは果たせないからね」



綾人はしばらく歩くと、一人の男とはち合わせた。男は綾人と一緒に歩きながら、話しかける。


「いかがでした?標的を御覧になって」

「はは、すごくベッピンだった。顔に傷は付いているが、凛とした気高さを持ったイイ女だと思う。会っておいてよかった。おい、明後日から、手筈どおりに事を進めろ」

「はい。仰せのとおりに」

「一度には出すな。徐々に日を追って、増やしていけ。そして、そいつらはただ歩いているだけでいい。実行は俺が殺る」

「はい。仰せのままに」


綾人は、先ほど日輪に渡された券を男に手渡した。男はいいんだろうか?という表情を綾人に向けた。綾人は男を見ると、ゆっくりと首を縦に振った。

男と別れて、綾人は黙々と歩く。先ほどの月詠の言葉を反芻しながら。思い出すたび、沸きあがる衝動を抑えられずにいた。平静を装った外面とは裏腹に、内側はふつふつと燃える、“恨み”と“憎しみ”が綾人を突き動かしていた。


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