ぎんたま短編

□レシート
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「いらっしゃいませ」



月曜日は好き、バイト先のコンビニにあの人が来るから

ほら、今日も来た。
綺麗な銀色の髪に着崩した着物、腰には木刀…

あの人は目立つから店に入る前からわかる

違うな‥月曜日はあの人が来るのをずっと待ってるから目立たなくてもわかる


だけど話した事はない
私がバイトを始めて一年、

いらっしゃいませと
ありがとうございました

本当はもっと話したい

だけどあの人が目の前に来ると緊張して無愛想になってしまう

今日こそは、話しかけてみようかな…



「いらっしゃいませ


230円頂戴します


230円丁度お預かりします…」



ダメだ言えない



言わなくちゃ…


今日こそは…





「いつもありがとうございました」




それが私の精一杯だった




「ん?どうしたのお姉さん
何だよ、いつもありがとうございましたって…」




わたしは驚いて目の前のあの人を見つめてしまった

店員の言葉なんて殆どのお客さんは聞いてない
ましてこんな小さな違い…気付くなんて思わなかった



「あ…私、今日でバイト最後なんです…
毎週来て下さって、ありがとうございました」


「え!毎週って…俺の事覚えてんの!?」



あの人がカウンターに身を乗り出して聞いてくるから、私の心臓は大きく鼓動し顔が熱くなった



「は…はい…」


「マジでか!?何か照れるなァ

お姉さん、今日で最後って言ってたけど、里にでも帰るのか?」


「いえ、結婚するんです」



一瞬、あの人の顔が暗くなった気がした



「そっか…おめでとさん!相手はどんな奴なんだ?」


「写真でしかお会いした事が無いので…」



そう、私の父が事業で失敗し融資をして貰う代わりに私は嫁ぐ事になった
別に珍しい事じゃない、お姫様だって同じ事をしてる




「そうか、幸せになれよ!」


「…はい」



別に何か期待してた訳じゃない
だけど、お祝いの言葉が素直に喜べなくて笑えなかった


あの人はそのまま店を出て行った


今のやり取りなんて、あの人の記憶になんて残らない些細な出来事だけど


最後は笑顔で見送りたかった


後悔ばかりが押し寄せた


それから私は抜け殻のように
何も考えられず
ただバイトの勤務時間がおわるのを待った





「お姉さん!!」


いつの間にか目の前には息を切らせたあの人がいた


「お、お客さん…どうしたんですか?」



「いや、アレだ。レシート貰い忘れちまったから…」



「レシート?」



いつもレシートは受け取らないのに




「いや、無きゃ良いんだけど、アレだ。あの…」



あの人は息を整え背筋を伸ばした



「店員ってのは笑顔で接客するもんだろ?
あんたが笑ってくんなきゃ俺ァジャンプの内容が頭に入って来ねぇんだよ」


「…すみません」




「どうしたらアンタの笑顔が見れる?」


「え?」


「俺ァアンタの笑顔が見たい」


そんな事いわないで


「ありがとうございます」


私は笑った


「…何で泣くんだよ」


だって幸せだから


「あなたに逢えて良かった」


あなたがこんな人で良かった


あなたを好きになれて良かった



「ありがとうございました」





私は心から笑った


これが私の最後の恋

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