romanzo

□la cara luce 4(TOVレイユリ)
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失いたくない、ただ単純にそう思った。それ以外の事が考えられなかった。


こんなにも動揺するものかと、あの時は自分自身に驚かされた。眼の奥に鮮明に焼き付いている、まるで事切れたかのように身じろぎひとつしない様子が頭をかすめる。けれど、その記憶と対になっていたはずの抱きしめられた安堵感は、今どうしても思い出す事が出来ない。









周囲の音など、耳に入ってはいなかった。聞こえるのは自分の情けない呼吸だけ。さっきから息をしているはずなのに、そうした心地が全くしないのだ。まるで喘いでいるような状態のまま、俺は走り続けていた。


なんで斬った。


これまで自分がこの手で幾人も屠ってきた事が正しくなかったとしても、その事実からは逃げるつもりが無かったし、自分の筋の通し方を自分が受け入れる事に疑問は無かった。そんなものあってたまるか。


なんで斬った。


確かにあいつは自分達を欺いていたし、エステルを連れ去る手引きをしていた。仲間を裏切り、あまつその剣を向けてきた。こちらも剣で応じるしか選択肢のない状況下で、迷いは命取りになるとその切っ先が告げた。他にやりようがなかったのだ。


なんで…


言い訳がましい事実が悔しくて、奥歯を噛み締める。今は誰彼構わず怒鳴り付けたい気持ちを、なんとか押さえ付けるので精一杯だった。走って、走って、走って…足を止めることはもはや恐怖だった。喉の奥が干からびて、渇いた風のような音が煩い。なんとか唾を飲み込むと、いつの間に切ったのか血のような味がする。


…なんで、あんたは生きようとしねぇ。


こうなることが、自分がどういう扱いになるのかも、全てひっくるめて分かってたような顔しやがって。アンタは本当にそれでいいのかよ。答えろ…答えてくれ。


なんで…なんでだよ…。









俺はあの時、死そのものを受け入れるという事が、自分の筋を通す云々とはまた別次元の事なのだと思い知った。

そして俺は、自分を抱く太い腕の持ち主が、どれほど大切な存在になっていたのかを思い知った。


何処か得体の知れなかった感情に陰影を見付けて、やっとあの光に手が届くところまで来た…そう思ったのに、なんであんたがいなくなるんだ。









受け入れるべき現実があまりに多すぎて、何の感情も持てなかった。希望に繋がるはずだとなんとか信じて来た道を、今ひたすらに戻ろうと走る自分がいる。



失いたくない。あの時自分はそう思った。

けれど、全ては遅すぎた。


遺跡の出口の光を彼方に認めたと同時に、闇のなかに突き落とされたような心地がした。










次頁あとがきです。
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