romanzo

□milla felicita(TOV レイユリ)
1ページ/2ページ




千年後の恋人達へ…今、何してる?






春の風がふわりと顔を撫でて、窓が開いている事に気付く。その隙間からは小さな桃色の花びらが数枚中に入り込んでいた。テラスに置かれたナチュラルな木製のテーブルに柔らかな日が当たり、その隣の椅子に腰掛けている青年の背中が見える。おやつを食べたり、お酒を飲んだり…時にはけんかをして、そこで拗ねて丸まっていたりすることもある。その場所が二人のお気に入りになってから、季節はゆっくりと、そして鮮やかに移ろいでいった。

くるりと視線を戻して、コンロの火をとめる。湯気をたてるポットから煮出した紅茶を注いで、青年の分には輪切りのレモンとブラウンの角砂糖を一つ、自分のにはミルクをほんの少し。くるくるとかき混ぜるときに香るほのかに甘い幸せに、つい顔が緩む。それを味わえるのは作った者の特権だと言ったのは、そういえばどちらが先だったか。

「さて、と。」

対になったカップを両手に持って、こぼさないように注意深く歩いていく。開いている方の席の前まで来て、ふと読まれていたはずの本がテーブルに置かれている事に気がついた。青年が興味を持つなんて珍しいような、なんだか難しそうな古典文学。嬢ちゃんあたりにでも無理やり渡されたのだろう。読み手を失ったそれは少し不満気に、読みかけのページを風になびかせて自己主張している。

こくり、こくりと船を漕いでいる姿は、幾多の敵をなぎ倒し、この世界が破滅の道へと進んでいくのを救った影の英雄の姿とは異なって、あまりに無防備だ。魔導器を失い、なにかと不便で気を張らねばならない世の中になってしまったが、安らぐ事の出来る場所を、一緒に作りたい。あの時決めた夢は、実はこんなにも自然な形で叶っていたのか…そう思うとくすぐったい程に嬉しくて、笑いがこみ上げてくるのを感じた。テーブルにカップを置いて、起こさないようにそっと近づく。寝顔を眺めるのは悪くないけれど、やっぱり紅茶が冷めてしまっては勿体無いか。

「せーねん?起きないとおっさん襲っちゃうわよー?」

ぽんぽん、と軽く頭を撫でる。声と呼べるか分からないような声で小さく唸ってから、眉間にしわを寄せてうっすらと目を開ける。まだ半分くらいは夢の中…あるいは読みかけの本の世界にいたのかもしれない。ずいぶんと嬉しそうな顔で眠っていたようだし、そこで誰と何をしていたのかは、お茶請けの代わりに教えてもらおうか。

「ん…おっさん…おはよ。」

「おはよーさん。」

おでこにそっとキスを落とすと、いつものように困ったような、嫌がったような顔を見せる。初めのうちは正直そんな反応にしょんぼりすることもあったのだけれど、今はその代わりにちょっとした意地悪でお返しすることにしている。そこに嬉しさを隠し切れていないのを、きっと青年は気付いていない。きっと他の誰も気付かない。でも、だからこそ俺は嬉しくて、絶対にそのことを教えてあげないって決めた。

「ユーリ。」

「ん?」

何百年も昔の本が愛を語る。言葉や状況が違っても、きっとこういう気持ちはずっと変わらないのだ。だから例えばもっと未来の、千年も先の恋人達だって、こういうあったかい気持ちで甘い時間を過ごすのかもしれない。そうであって欲しいだなんて、そこまで高尚な気持ちは持ち合わせていないけれど…でも、目の前のたった一人を幸せにしたいって気持ち位なら、身分相応…かしらねぇ。

「愛してる。」

「なんだよ、急に。」

そう言って手を伸ばしてきた青年を優しく抱きしめると、ふわりと花の香りがした。二人の時間は今もしっかりと刻まれて、きっとあの樹が覚えていてくれる。それでいいし、それで十分だった。千年先なんて分からない。大切なのは、今ここにいる事。





千年後の恋人達へ…今、何してる?
今、おっさんは青年を愛しています。そりゃもう、心からね。



「…俺も、愛してるけど?」



…!!












次頁あとがきです。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ