romanzo

□la cara luce 5(TOV レイユリ)
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崩れかかってきた柱を支える腕はとうに力を失い、瓦礫の重なりに出来た隙間でなんとか呼吸する。気を失う事が出来たならどんなに楽だろう。…けれど。

周囲の崩れ行く音をまるで他人事のように聞いていた。もう一度自分に死が訪れたら、やっと終わりを迎えられる安堵が心を占めるだろう…ずっとそう思っていたのに、待っていたのは狂ってしまいそうな程の胸の痛みだった。


この痛みは忘れたはずだった…いや、感覚を鈍らせて忘れたふりをしていたのかもしれない。


どうしたいんだ、俺は。


浅くなっていく呼吸に頭もぼんやりとしてきた。息苦しさと胸の痛みに目を閉じるとあの星が見える。それも、いつもよりずっと近くに。その光はあまりに眩しかったが、逃れようがない。そして閉じた方の瞼は、もう上がりそうになかった。


死ぬのか。


死を意識するのは、これが何度目だったろうか。この恐怖から逃れたい。死の恐怖から逃れるために最も簡単に選択し得る事は、死そのものだ。しかしその選択を意識すればするほど、苦しみは増していくばかりだった。



まるで、問い詰めているかのような光。まるで、責め立てているかのような胸の痛み。それらが自分を眠らせてくれない。



お願いだ。頼むからもう、許してくれ。











目を開けると真っ白な空間に立っていた。そこには何もなく、誰もおらず、ただひたすらに、白い。



清く、浄く、

そこにある唯一の汚れは…




「嫌だ…」

足が動いた。

「……嫌だ…」

定かでない地面を蹴った。

「………嫌だ…」

走って、走って、それでも、

「………やめてくれ!!」





全ての醜悪が自分だという気がしてならなかった。どんなに走っても、逃げるところも隠れる場所もない。いっそ消えてしまいたいと何度も何度も願った。自分の存在を、自分が存在していることを許せない。堪えられない。もう嫌だ。嫌なんだ、俺は。





俺は、あの時確かに死んだはずで、


俺は、死んで償うべき行いをしてきたというのに。



走る足が縺れて激しく転がった。痛みがあるのか、これが痛みなのかさえもう分からない。真っ白な空間はそれでも、気味が悪いほどに優しく、静かだった。ほとんど無意識に胸を掴み、顔を上げる。遠くからこちらにまっすぐ向かってくるのは、あの光。


相反する認められない気持ちが、ずっと目を背けていた気持ちがそこにあった。

本当はずっと気が付いていた。ぐちゃぐちゃになった言い訳も本当の気持ちも全て隠して、忘れてしまおうと思っていた。それが出来ない事も自分は分かっていたけれど、新しく創った自分に全て押し付けて見ないふりをしたのだ。

あの日失った沢山の大切なものたちに、今更どの面さげてそんなことを言うのだろう。自ら思考する事を放棄して、信念など投げ出してそこから逃げ続けた俺が、この期に及んで。


真っ白な世界に、おおよそ美しいと思える記憶が像のように次々と浮かび上がっては、消えていった。そこには嫌というほどの魅力があったが、しかし、今最も求めるものは無い。いない。










俺は…



なんとか脚に力を入れて立ち上がり、恐る恐る光と対峙した。眩しいけれど、目を背けてしまいたくなるけれど。


全てが色を取り戻し、光に溶けていく。ゆっくりと意識を手放していくと、同時に何かを得た感覚が胸を満たすのが分かる。


…まだ、間に合うだろうか。










つづく

*あとがきはありません*

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