romanzo
□la mancanza(TOV レイユリ)
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月と星だけが起きているような真夜中。どうしても眠ることが出来なくて、体を起こした。数時間前にいつもと何ら変わらない夕食を済ませて、腹は十分に満たされていたはずだったし、後は明日からに備えて眠るだけだと思っていたのに。
(でも…なんか…)
物足りないというのとは違うと分かっていた。でも、無性にあの味が欲しくなったのだ。俺が気に入って以来、事あるごとに作らせてきて、他のメンバーが作ったものと違いが分かる程に慣れ親しんだ、あの味。…なぁ、おっさん、
「…クレープ、食いたい」
仕方ないわねぇと呟いて立ち上がってから数分後には、かちゃかちゃと食器同士が奏でる軽快なリズムが聴こえてくる。こちらが話しかければそれなりに応じはするが、そうでなければほとんど何も言わずに真剣なまなざしでキッチンに向かう。そんな立ち姿をこっそりと眺めながらベッドに寝そべって、まだかまだかと待っている時間が、俺は好きだ。
じゅう、と音を立ててとろけるバター。作った生地をフライパンに流し入れると甘い香りが部屋の中を満たしていく。すぐに焼き目がつき、一枚一枚を器用に返してはひらりと皿に移す。それらを冷ます時間を使って、生クリームのホイップに取り掛かるのだ。
「生クリームと、苺」
青年は何味が食べたい?いつも答えは同じなのに絶対に尋ねてくるのは、二人の間の決まりごとみたいなものだ。初めはいい加減覚えろよとか、物忘れなんてやっぱりいい歳だな等々と言ったこともあった。でも、その組み合わせだけは絶対に用意してあるのだということを知って、何故か嬉しいなどと思ってしまったっけ。
冷ましたクレープ生地に泡立てたクリームをたっぷりと絞り出してから、スライスした真っ赤なイチゴが行儀よく並べられていく。ごつごつと骨張った男の手が、驚くほどきっちり几帳面に動かされて作業は進んでいく。包み終えてそれぞれの皿に盛り付け、手に付いたクリームをちょいっと舐めてしかめっ面をすれば、甘くて美味しいクレープが出来た証拠だった。
テーブルに皿を置いて席に着き、静かに夜食を食べ始めた。クリームの甘さと苺の酸っぱさが口の中で程よく混ざり合って、香る。一口、もう一口と動かす自分の手に、ぽたりと透明の雫が落ちた。
「旨く…ねぇよ…」
いつも見ていた通りに作ったつもりだった。材料も、火加減も、段取りも、あんたが作ってるところを思いだしながら、あんたがいつもしてた通りにやったはずなのに。
「旨くねぇじゃんっ…」
いつも食っていたあのクレープの、いつでも食えると思っていたあの味が、しない。
さっきからぽたりぽたりと零れ落ちるこれが、やけに塩辛いのが悪いのか。それとも、もう少し早くに気がついていれば、こうなることを回避するための方法が、何かもっとあったんじゃないのか。
「…なぁ、おっさん、」
あんたの作ったクレープが、食いてぇんだよ。
次頁あとがきです。