romanzo
□il tempo lussuoso(TOV レイユリ)
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珍しく一行が立ち寄ったのはユウマンジュ。秘湯と名高いこの宿で、しばし休息を取ることになった。
「ふいー!やっぱここの温泉は最高だわぁ!!」
ほかほかと身体から湯気を立ち上らせて、浴衣姿で満足気にのれんを持ち上げる。
滅多な事では宿泊出来ない値段だが、確かにこの宿は施設もサービスも一級だ。24時間利用可能の露天風呂に、女性は特に嬉しい浴衣の各色バリエーションやエステ、食事は懐石料理のフルコースに、酒も各種取り揃えてあって、全てが宿代に込みときたものだ。
「まさにこれぞ、ザ・贅沢って感じだわ」
「そうだね!ゼータクっていいよね!!」
独り言に頷いていると、跳び跳ねるようにしてカロルがこちらへ駆けてきた。手には風呂上がりといえば定番の瓶牛乳を持っている。
「おりょりょ?カロル君、青年は??」
大人はやはり湯上がりに一杯引っ掛けたい所だ。しかしせっかく旨い酒を飲むならお相手が欲しい。
休憩するためのスペースには、先に風呂を出ていたはずのユーリの姿は見当たらない。ぐびぐびと勢いよく牛乳を飲んでいる少年がひと息つくのを待つと、白ヒゲになった彼いわく、少し前に外に出て行ったのだそうだ。
「悪いなラピード、せっかく来たのに外で待たせるなんて」
短い鳴き声が、気にするなと言わんばかりに返ってくる。このところの暑さで参ったメンバーの希望で慰安旅行を決めたものの、それを享受出来ない相棒には申し訳ない気持ちがある。せめて食事はいいものを…と宿の人に頼んで上等の肉をもらってきた。
「まぁゆっくり食ってくれ」
持ってきた皿を出し、彼が尾を振りながら勢いよく食べ始めたのを見て、そっとその場を離れる。
カランコロンと耳に心地いいのは下駄の音。石畳を適当に歩いて、名前の知らない珍しい花に何となく目が引き寄せられた。
入口の引き戸を開けると、食事中のワンコに出くわした。普通の犬なら唸りもしそうなところを、流石というべきか一瞥をくれるだけで許してくれる。主人の居場所を尋ねると、尻尾で宿の庭の方へと続く道を指してくれた。
「ユーリくーん、お酒…」
飲もう、と言いかけてつい言葉を失う。
濡れた長い髪をラフにまとめ上げてあらわになったうなじが美しい。深い藍色の浴衣に眩しい程の白い肌が覗き、この身が吸い寄せられるような思いがしてぐっと堪えた。
これがいわゆる「キュンとする」とかいう例のあれか。
「ん、なんだおっさんか」
こちらに気付いたユーリがくるりと顔を向ける。
「あっ…えーと何だ、お花見てたの?」
気持ちを落ち着けようと思い付いた事を口にしたが、珍しかったからなと優しく花びらに触れて応える彼の指が、なんだか艶かしく思えて仕方が無い。
「……」
「なんだ?酒か?」
「!…そそっそうでした!!」
「変なおっさんだな」
手にしていたお猪口と徳利の存在を慌てて思い出した。そもそもの目的を忘れるなんて、何をやってんだ俺は。
手近な庭石に二人腰掛ける。これもひとつの花見酒になるかなとお猪口を受け取る笑顔に、またしてもドキリとしてしまう。
いちいちこんな状態では、まるで初めて恋した学生の様ではないか。おかしい。全くもっておかしい。
「…あーっ!今日はいっぱい飲んじゃうんだからっ!!」
最後まで付き合ってもらうんだから覚悟してちょうだいよと隣を見ると、呆れたような、しかし機嫌のいい笑い声が返ってきた。
酔いに身を任せれば、少しはいつもの調子に戻るだろうか。こんなに贅沢な酒の肴はいつも側にいるものの、今夜は特に、格別だ。
全くもって本当に、おっさんはどうかしています。
たぶん、君のせいで。
次頁あとがきです。