アイルサンディペコー



その人は、けむくじゃらの虹色をした、熊のようでありました。
つやつやとした黒曜石の目は紛れもなく熊のようでありましたけれども、しとやかで器用そうな佇まいは、確かに人間じみておりました。
背景は、空の底、星の上に立ち、たくさんの梯子に似たベルトコンベアーの間に、コンペイトウにも似た色とりどりの人々が、せわしなく飛び交っています。
ふわふわと、パウダーシュガーの冷たい粉雪が、絶えず舞い降りて白く彩る風景でした。
飴細工の樹木がきちんと立ち並び、小さな森や水溜まりで、リスや蝶が戯れています。
甘く、煙がかった空気が不思議と眠気を醒ましてゆきます。
長いヒレと羽毛を持った、鱗のグラデーションも美しい魚が、艶やかな背を差し出して言いました。

「よく、いらっしゃい、ました。どうぞ、ここは、決して歩けません、ので、わたし、の、背中に。さぁ、」

魚に跨ると、思いのほか心地のよい浮遊感でした。
首にラピスラズリのリボンをつけたその人は、ゆっくり魚と共に泳ぎ出しました。
芳しい空気が掻き分けられて、風が煙に絵画を描きます。
それは、ミルクティーに浮かぶ舟で口づけ合う白ねずみの恋人同士のようにも見え、また、透明な涙でにじんだ愛しい人への手紙の筆跡のようにも見えました。


展ければ、そこは、大きく赤いソファの上に、眩いシャンデリアのかかった硝子の部屋。
綿菓子のレースが、幾重にも覆っています。
壁には宇宙のような、深い海の中を魚たちが楽しそうに泳ぐジグゾーパズル。
床は透けて、その下は万華鏡のようでありました。
湯気のあがる紅茶を、いつの間にかいなくなっていたその人が優しく持ってきました。


「あなたは、ここには少しの間しかいられませんが、どうぞ、ごゆるりとお寛ぎください。あなたは自由に歩きまわることは、できません。けれど、見たい景色はすべてここへとやってくるでしょう」


雪色のうさぎたちが、目の前を斜めに走ってゆくと、オブラートがはらりと捲れて、カーテンが開くように場面が変わりました。

ゆらゆらと揺れる水面には、咲き乱れる花が映っています。
どこかから運び込まれるたくさんの真珠色の何か。
雨上がりの蜘蛛の巣を張り巡らせたような、きらきらと光る雫を思わせる、ベルトコンベアーの上を流れるものたち。
コンペイトウのような人々が、ひとつひとつ見逃さないように気をつけながらリボンをかけていきます。
それは、四角であったり、球体であったり、錐であったりして、いずれも輝くオパールで包まれ、様々な色を纏っておりました。
絹糸のように透きとおった、馬や、象や、犬や、鳥、翅を持った虫など、終着点にてそれらは姿を変えて、どこかへと飛び去ってゆくのです。
水面に小さく空いた、透明度ゼロの穴。
そこに吸い込まれてゆく、行き先はわかりません。


その紅茶は、蜂蜜色をした甘い甘い紅茶でした。
涙の形の氷砂糖を入れると、それはまろやかに澄んで、淡い香りを漂わせはじめました。
一口飲むと、切なく優しい甘さが広がります。


「あれが何か知りたいですか。あれを見に行かれますか。危なくはありませんが、邪魔をしてはいけません。あれは、とても、大切な、」


その人の黒い瞳が、舞い上がる雪を見つめました。
テーブルにカップを置くと、硝子が溶けて水晶の水溜まりになりました。
花が映る水面に、遠い星空が見えます。
慌てたように、バタバタとコンペイトウが走って行きました。
その手にはたくさんのリボンの束と大きなハサミ。
見ると、足元にリボンが一本落ちていました。幅の広い、光沢のあるリボンです。
拾おうと手を伸ばしましたが、それは写真に触れたように中の物を掴むことはできませんでした。
けれど、そこに書かれた文字を読むことはできました。


『ただ涙が出そうなほどに、愛して愛しくて仕方がないからと、口下手な告白の代わりに、どうか、この手紙だけが確かな気持ちを伝えられたらと思います。』


先ほどのコンペイトウが慌てて戻ってきてリボンを拾い上げ、またどこかへ去って行きました。


「あれは手紙です。手紙の感情と共に、これらは届けられるのです。誰も帰っては来ません。届けば、そこで形を変えて幸せのための力になります。これらはそのためだけのものです。そのために、ここで作られているのです」


張り巡らされた銀色のベルトコンベアーが、リボンをかけられたものをある一点へと集めています。
その人は、上向き加減にどこかを見ながら言いました。


カチリ、と何かがずれる音がしました。
けたたましくサイレンが鳴り響きます。
魚も、うさぎも、コンペイトウも、みんなどこかへと逃げてゆきました。


「もうすぐ終わります。もう、終わります。ここの役目も、もう終わります」


見ると、ベルトコンベアーには最後のひとつ、六角柱のキラキラしたそれは、たどり着く穴の目前で翼ある馬へと姿を変えて消えてゆきました。


粉雪が少し勢いを増しました。
星が降るように、硝子が砕けるように、砂糖が散るように、雪は寒さを増してゆきます。
それに気づいたのか、その人は初めて微笑んで言ったのです。


「寒さはもうじき緩むでしょう。暖かな季節がきます。
 ここは溶けて消えるでしょう。
 心配しなくてよいのです。
 あなたは朝がくる前にお帰りなさい。
 星空に、キャンディほどの窓が開くでしょう。
 さぁ、どうぞおゆきなさい。
 あなたの大切な感情は、もう届いているでしょうから……」





+・+・+



宙にひっぱり上げられる感覚と、瞼に差し込む明るい光。



ベッドの中の重い体を起こすと、まず視界に映ったのは机の上のそれ。
雪色の箱にはオパールのリボン。
青いリボンの熊が笑うメッセージカードには、わたしの大切な想いを添えて。
甘い夢の力でキラキラと輝いている。
今日は、わたしのとても大切な人に、甘い恋を届けに行きます。




***
メルヘンちっくに甘いのを書きたかった。
皆さまはあまーい恋をしてますか??(ぅゎ)
ちなみにタイトルには深い意味はありません。なんとなく響きで。笑

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