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□INNOCENT
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「チャンミン、座って」
ジェジュンの声にただ従って、側の椅子に腰かける。一度確かめるようにドアを開け、外を見た後ジェジュンは近付いて来て。
「…何を見たとしても、忘れなきゃ駄目だ」
「…」
「オレからも、…ユチョンに言っておくから」
ユチョン、という名前に、チャンミンは弾かれたように顔を上げる。見下ろすジェジュンと視線が合うと、びくりと唇震わせて。
「兄は、…知ってるんですか?ユチョン兄が、」
しっ、と子供にするように口に指をあて、ジェジュンは小さく息をつく。
「…まぁな」
「あんな、…あの人、ユチョン兄の…こ、恋人…」
男同士とはいえ、あの行為の意味くらいチャンミンにもわかる。だが、ジェジュンは少し間を置いて首を横に振った。
「違うよ。…彼は多分、そのとき必要だからユチョンが誘っただけの男だ」
「…」
ジェジュンが軽くしゃがみこみ、チャンミンと目の高さを合わせる。その瞳に浮かぶ、哀れむような色の意味がわからない。
「あのな、チャンミン。…お前がしなきゃならないことは、忘れること。…それが一番ユチョンのためになるんだ」
「な、だって、」
勢い込むチャンミンの肩を撫でるジェジュンの手は優しい。少しずつ、騒いでいた感情が静まって行く。
俯くチャンミンに、ジェジュンはもう一度。
「忘れろ。…できるな?」「…はい」
「ん。…良い子」
軽くチャンミンの髪にキスをして、ジェジュンは立ち上がる。いつもならこんなことをされれば腹が立つのに、今はそんな気にもなれない。

…男が男に、あんなこと。

薄暗い部屋で、男に自身を愛撫されながら喘いでいた、ユチョン。思い出したくないのに、彼の声が、歪んだ顔が、繰り返し浮かんでチャンミンを苛む。
机に顔を伏せ、ただ目を閉じた。




しばらくして楽屋に戻って来たユチョンは、何の変化もないいつもの彼だった。前後してユノとジュンスも帰ってきて、楽屋は急に賑やかになる。携帯でゲームをするジュンスの肩越しにユチョンは画面を覗き、一々口を挟んでは噛み付かれている。いつもならそんな光景はチャンミンを和ませるが、今はただ見ていたくなかった。
やがて、待ち望んでいた撮影再開をスタッフが告げに来る。真っ先に立ち上がって楽屋を出たチャンミンに、後ろから。
「気合い入ってるな〜。それとも早く帰りたい?」
ユチョンの、声。
ぎゅっ、と痛いほど強く手を握り締めても、どうしても振り向けなくて。
聞こえなかったふりをしてチャンミンは歩き出す。
ユチョンの瞳が哀しげに揺れたことには、気付くことなく。




仕事が終わり、宿舎に戻る頃には日付が変わってしまっていた。疲れたから、と理由にならない理由を告げて、チャンミンは足早に部屋に下がる。
ドアを閉めた途端、膝から力が抜けて座り込んだ。
今朝、この部屋を出るときはなんでもなかったのに。目撃した、たった数分のあの光景が、日常を根底から破壊したことを思い知らされた。


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