NOVEL
□2分間のキス
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2分間のキス
ユノが居た「日常」から、ユノがいない毎日が「日常」となって迎えた今日6月10日。
手帳を開くと以前自分でつけた赤い印と自分の切なる願い事、
ユノと会えますように。。
ユノは来ない。ユノには会えない。そうわかっていたのに窮屈な10日のスペースにそう書いたのは、やっぱりそれが自分たちの大切な記念日だからだ。
夢でもいい。テレビ越しでも何だっていい。ただ「ユノ」に会いたかった。叶うのならば、今日だけはシンデレラになってみたい。
欲深いことはひとつも思ってなかったから。一秒でもユノに会えるなら・・
時間になったらきちんとユノを解放するから・・。そんな思いで一杯だった。
仕事が終わり、一人住んでいる自宅のマンションに到着したのは23時を回った頃だった。今日も終わってしまうなぁとなんとなく気分が下がる。俺はさっきの手帳を再度開いてボールペンを
手に取った。叶わない願いなら消してしまおう、そう思ってゆっくり字を塗りつぶしていく。
ー会えますように。
全部消し終わったあと、残った「ユノに」の文字を見て何故だか涙が溢れて止まらなかった。
ユノ、ちゃんとご飯は食べてるかな、ちゃんと寝られてるかな、疲れてないかな。ユノがユノらしくお仕事ができるようにと、精一杯の気持ちを込めて、更に狭くなった10日の一番下のスペースにボールペンを走らせた。
ユノがずっと元気でいますように。
パタッと手帳を閉じてベットに一人寝ころぶ。
ユノには会えなかった。だけど、
ユノが元気でさえいてくれればそれでいい。
心の中でユノに『愛している』とそう呟いた後、ユノからもらったペアリングに口づけをして瞳を閉じた。
ーピーンポーン・・・ピーンポーン
「・・・んっ・・」
ーピーンポーン
「・・・・・な・・にっ・・もぉ・・」
インターホンの音で目が覚めた。時計を見れば深夜3時。
こんな時間に訪問者とは・・仕事だろうか。
適当に上着を羽織りまだ冴えない瞳をこすりながら玄関を開けた。
「ん〜どちらさまぁ?」
「・・・・・・・・」
返事がないから不思議に思い見上げると、そこには長身で頭の小さな男が一人。
「・・・・ゆっ・・ゆの?」
「ジェジュン・・・」
確かに「ユノ」がそこにいた。
「・・・・・・」
「ジェジュン・・・−・・・」
どうしてだろう。「ユノ」が目の前に居て、何か話しているのに何にも耳に入ってこない。ただ、「ユノ」がこうして自分の目の前に居ることが信じられなかった。
「ジェジュン・・聞いてる?」
「ユノ」が何か言ってるけど頭の中は真っ白でただ真実を知りたくて、「ユノ」の頬へ手を添えて、一言「ユノ」に聞いてみた。
「ほん・・・・ものっ・・?夢っ・・じゃない?」
「夢じゃない。ジェジュンの俺だよ?」
「俺の・・ユノ・・・」
「ユノ」の輪郭に触れて確かめる。口元が少しちくちくするから本物だ。本物のユノだ!
「ゆっ・・ゅのおおおおお!!」
体は自然とユノを強く抱きしめていた。
「ゆのっ・・会いたかったよっ・・・」
「俺もお前に会いたかった」
何か月ぶりだろうか、ユノの腕が背中に回ってきて強く抱きしめられる。ユノの香りが一杯に広がる。
嬉しくて、うれしくてたまらなくて涙が出た。
「ひっ・・くっ・・ユノッ・ちゃんとご飯食べてるの?洗濯物、溜まってない?チャンミンに迷惑かけてない?ユノはだらしないところあるから心配だよっ・・」
「大丈夫だよ。チャンミンにはかなりお世話になってるけど・・」
「・・・ユノっ・・髭も・・ちゃんと剃れてないし、ボタンかけ間違えてるし、相変わらずファッションセンスも微妙だし・・それにっ・・・それにっ・・」
「ジェジュン・・泣くなよ」
「だっ・・だって嬉しいんだもん・・・」
会話が全然成り立ってないけど、もう今は本当にそれどころじゃなかった。
ユノがいるだけで気持ちが一杯一杯になってしまってユノ以外何も考えられなくて。
だがユノと抱き合い体温を感じていた時、ユノがゆっくり体を離した。
「ジェジュン、聞いて?ごめんな。せっかく会えたけど、俺もう行かなくちゃ。」
「えっ・・」
「ここに居られるのはあと2分」
「っ・・・」
タイムリミットを聞いて冷静になった。そうだ、本当なら会えないはずだった。
ユノがどういった経路でこうして会いに来れたかはわからない。
だけど、
≪叶うのならば、今日だけはシンデレラになってみたい。欲深いことはひとつも思ってなかったから。一秒でもユノに会えるなら・・時間になったらきちんとユノを解放するから・・≫
ユノと会えますように≫
消した筈の願いが一日遅れでも叶っているとしたら、タイムリミットはあって当然だった。俺は笑ってユノを見つめた。ユノともっといろいろ話したい、抱き合っていたい。でもあと2分でしたい一番のことは、
ーぐっ・・!!
ユノを引き寄せ唇を重ねた。
久しぶりのユノとのキス。時間を忘れてユノに溺れていたいけど、もう時間がなかった。2分間のキスだった。
唇が離れたら俺はユノの体を玄関正面に向けた。俺にはユノの背中しか見えない。
「もう2分経ったからっ・・・行って?」
「ジェジュン・・」
振り返ろうとするユノに俺は咄嗟に言った。
「駄目!こっち向いたらダメ!」
「ジェジュン・・なんで?」
「顔見たら・・引き留めちゃう・・」
「・・・・・わかった、」
ユノは一つ深呼吸するとドアノブに手をかけた。
ーユノがっ・・・ユノが行っちゃう!!!!
瞬間、俺はユノの背中に告げていた。
「ユノ!!ちゃんとご飯食べるんだよ!!」
「・・・」
「ユノっ!!ユノは頑張りすぎちゃうところがあるから無理はしちゃダメだよっ!!」
「・・・・・」
「あっ!愛してるから!!ずっと!!」
「・・・俺だってジェジュンだけだから。ジェジュンを愛してるから、離れてても、ずっと想ってるから」
「・・・・っ・・・」
「ジェジュンに会えて良かった」
ユノが、扉を開けて出ていく瞬間のことだった。ユノがボソリと照れ臭そうにそう言った。
「行ってきます・・・・『俺の大事なお嫁さん』」
扉が完全に閉まってユノの姿が見えなかったけど、それは確かに「嫁」と聞こえた。
だから、一人、ユノの居なくなった玄関で答えた。
「いってらっしゃい・・『俺の大事な旦那さん』」
6月11日、結婚記念日は過ぎてしまったけれど神様は一日遅れで願いをかなえてくれた。
欲張りなことは言わない、十分すぎる時間をありがとう。
もう一つの願い、「ユノが元気で」というのは信頼できるチャンミンも居るから、きっと大丈夫。
次の日、俺はとても清々しい朝を迎えた。
ユノがいない「日常」の中でも、最高の幸せはすぐ傍にあることに気が付いていたから。
ユノ、心はいつも、一緒だよ。
離れていても、それが俺の一番の「幸せ」。
END