†カカベジ†

□導 →輪廻←
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曇天から降り注ぐ小雨が体内に燻る熱を冷まそうとしているかのように、ベジータが着用している紺のシャツに染み込んでいく。
視線を上げれば、そこは彼が一週間前に訪れた花屋だった。

(なぜ俺が此処に来なくちゃならんのだ)

不機嫌を隠しもせず、ぐっと無意識のうちに右手に力を込めるとミシ…と音がした。ベジータは視線を下げて黒くコーティングされた耐水性の携帯を見つめ、数十分前を思い出していた。


『アンタとは別れるわベジータ』


久方ぶりに取れた休日にかかってきた電話の内容があまりにも唐突で、ベジータは彼らしくなく唖然とした。

『相変わらず勝手な女だな貴様は。自分が引き込んでおいて用無しになれば捨てるだと?俺も安く見られたものだぜ、くそったれ』

『馬鹿ねあんた、あたしがそんなことするわけないでしょ』

『なら理由ぐらいいいやがれ。納得できるようにな』

『…あたしじゃ駄目なのよ』

『おいブルマ、何を訳のわからない事を』

『じゃあ聞くけど、あんた本当にあたしの事好きだったの?』

この時ベジータは言葉に詰まってしまった。
彼女のさばさばした性格や気丈さは気に入っていたと思う。少なくとも嫌いではなかった。だがそれは恋慕というよりは友情に近い気持ちだったと今更ながらに思う。

『あたしとの約束も仕事を優先させてたわよね?あたしが他の人と一緒にいても妬いてすらくれなかったのよ、あんたは』

『お互い様だっただろう』

『…あんたって本当に馬鹿ねベジータ。もうあたしついていけない。ああでも最後に花束が欲しいわ』

『何をいきなり言い出すんだ貴様は』

『真っ赤な薔薇の別れの花束。素敵じゃない?』

ブルマからのお願いに、ベジータは馬鹿にされた怒りも忘れ奇妙なくらい素直に返事を返した。
そして現状に至る。
ベジータはなぜか店内に踏み出せずにいた。
以前会った店員、名札カードには「孫悟空」と書いてあったと思うが、その店員に会うのがなんというか気乗りしないのである。
なにせ悟空はいきなり初対面であるベジータを引き留めようとしたのだ。
初めはそっちの気がある変態かと思った。しかし彼の戸惑うような瞳を見て誰かと間違ったのだろう。とその場ではベジータはそう解釈した。
だがそれだけでは会いたくない理由にはならない。

…そう、自分は会いたくないのだ。

何故だと問われれば明確に応える事はできないが、自分の本能が彼を拒絶している。
だが刻々とブルマとの約束の時間が迫っているのも事実だ。
ベジータは自分がずぶ濡れなのも忘れて、意を決したように店内へと足を踏み入れた。

「いらっしゃ…、!どうしたんだおめぇ!なんでそんなずぶ濡れなんだ!?」

悟空はベジータの姿を見て笑顔を驚愕へと変化させ、近くの戸棚から白いタオルを一枚持ってきてベジータを拭こうとした。が、その手を払われる。悟空は目をぱちくりさせたが何かに納得したように苦笑して、ベジータにタオルを手渡した。

「気安く触るな」

「悪ぃ悪ぃ」

「客に対して馴れ馴れしいにも程がある。ここの店長の教育の底がしれるぜ」

「おめぇも客なのに容赦ねぇなぁ」

「ふん」

「しっかしおめぇなんでまたずぶ濡れなんかに」

「おい貴様」

ぎらり、とタオルの下から冷ややかな視線が悟空を貫く。悟空は口を瞑った。

「店員は客の注文を聞けばいいんだ。さっさと伝票でもメモ用紙でも用意しやがれ!」

尋常ならばあまりの態度に激怒するだろう。しかし悟空は相変わらずにっこりと笑ったままメモを取り出した。
ベジータは最初驚いたが、すぐに普段の仏頂面に戻す。

「赤い薔薇の花束をオーダーする」

「贈り物か?」

「いちいち詮索をいれるな!さっさとしやがれ!」

「おう!あ、じゃあ座ってちっと待っててくれよな!」

悟空が勧めた椅子にベジータが座る。悟空は戸棚から赤い薔薇が入った籠を取り出して、薔薇を選別している。
ベジータは意外だった。
二度目の顔合わせだが、目の前の店員の言動からして「繊細」さなんて皆無だと思っていた。だが悟空の手つきは壊れ物を扱うように優しい。
確か彼はこういった細かい事が苦手だったはずで…

(なんだ?)

何故知りもしない男の苦手などを知っているのだろうか。誰かと間違えたのか。
ベジータは思案しながら腰を深くしようと動かし、気付いた。

椅子には背もたれがなかったのだ。

ぐらついた体勢を慌てて直し、今の間抜けな醜態を気付かれていないか彼をちらりと見る。
悟空は今だに薔薇を選んでいたため気付いていない。ベジータは全身から息を吐いた。

(ったく、相変わらず鈍い野郎だぜ。戦闘とは大違い……なんなんださっきから)

無意識に考えてしまう戯れ言。
意識を背けようと視線を横にずらした時。
偶然、視界に入ったその花達にベジータは不思議と魅入ってしまった。
鮮やかな濃い橙色の花に寄り添うように、紺色の花がもたれ掛かっている。
ベジータは無意識にそっと指を伸ばして触れた。瞬間、ぴりっと走る小さな痛みに呻き指を戻す。

白を染めるように筋を描くのは赤い…。

「大丈夫か!?」

慌てて走ってきたらしい悟空はベジータの指をぐっと掴み口に含んだ。あまりの出来事にベジータはぴしり、と固まる。その間に悟空は指の傷口を甘噛みして吸う。

ぬるりとした温さにベジータは我に還り、そして指が口から抜けるのを確認すると勢いよく悟空の頬を殴った。
悟空はぐらつく体を持ち堪え、舌先からべっと何かを出し指でそれを摘まむ。小さな棘だ。
「い、いきなり何しやがるんだ貴様は!この変態野郎!」

「おめぇが触った花の棘、致死にはなんねぇけど毒があったんだ」

悟空は静かに淡々と延べる。ベジータは毒という単語に反応して大人しくなる。

「早く取らねぇと大変な事になっちまってた。気ぃつけろよベジータ、オラ達もうただの人間なんだから」


それは何気なくかけた言葉だったのだろう。

しかし、ベジータの脳内には衝撃が走った。


「おい貴様…」


固いベジータの声音に、悟空も失態に気がつく。


「なぜ、俺の名前を知っている…?」


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